愛媛大学法文学部 創立50周年記念誌
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80第2部 法文学部の思い出 卒業生の声法文学部を楽しむ2014(平成26)年 人文学科卒 小島 潤一朗 刀剣を作る職人としての修行を始め、改めて大事だと感じたことは素材である鐵(鉄)に関することでした。この鐵というものは純粋に鐵のみで構成されているわけではありません。チタンやマンガン、リンや硫黄など様々な物質を含有しています。中でも代表的なものは炭素です。この物質は鐵の硬度を左右します。これらの物質の含有する比率によってその表情を変える鐵というものは、怪人二十面相のようでした。 この鐵、自然界にそのまま存在し続けることが出来ません。隕鐵という例外は存在しますが、地球上においては鐵鉱石もしくは砂鐵としてしか存在できません。錆びた状態が1番安定しているためです。そのため人間が精錬することで初めて鐵は原料として使えるようになりました。日本においては各地のたたら製鐵によって精錬されてきました。その土地その土地の砂鐵はそれぞれ含有物質に差異があり、含有率も異なっていました。それにより出来上がった日本刀にも地域ごとに差が現れ、その魅力を増していたのです。これは大変興味深いものでした。 そのような最中の入学前、師匠の工房で作業をしていたある日、兄弟子が「愛媛大学で製鐵実験をするらしい」という情報を教えてくれました。丁度空いている日でしたので、喜び勇んで行きました。工学部とメディアセンターの間で行われたその実験は、足あし踏ふみ鞴ふいごなどを体験できる一般参加型の実験でした。それゆえ老若男女様々な人で賑わっていました。専門学校卒だった私は、それまで大学というものと接する機会がありませんでした。しかしこの実験に参加することで、社会人ではありましたが大学に行ってみたいというきっかけができたのです。 入学してから、上記した実験のものとは違いますが、実験で出来た鐵で脇差しを作ることになりました。依頼されたのは師匠の高市忠房でした。しかし私も「折り返し鍛錬」や「火造り」などの工程に参加させてもらえました。「折り返し鍛錬」とは鐵を伸ばし、折り返し、熱により接合することを繰り返す工程です。これにより2、4、8、16と層を増してゆき、粘り強さを作ります。また同時に鐵内部の含有物質のムラを無くしてゆきます。「火造り」とは鐵を加熱して、狙った形につくり上げる工程です。「折り返し鍛錬」の熱により接合することを鍛接といいます。そしてその鍛接に適した温度を鍛接温度といいます。今回実験で出来た鐵の鍛接温度は普段使用している鐵に比べ、少々低いように感じました。普段の鍛接温度は温度計で測っているわけではなく、視覚などに頼ったものですので正確な温度は分かりません。しかしながらそう感じることができました。似た工程を経て出来ている鐵なのにこんなに勝手が違うのかと驚いたものです。 「折り返し鍛錬」については師匠の工房で作業したのですが、「火造り」に関しては今治市において公開鍛錬という形で作業しました。刃じん部ぶは師匠が、茎なかごという柄にあたる部位は私が担当しました。多くの人を目の前にしてという作業は初めてでしたので、なんとも不思議な気分でした。出来上がった刀身は松山の研師、故渡辺清高氏により部分的に砥いでいただきました。研いだ時の感触は、古刀のような良い軟らかさがあったとおっしゃっていました。良い刀

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