愛媛大学法文学部 研究ニューズレターvol.1
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6NEWS LETTER vol.1記憶とアイデンティティ形成の研究― 公と私の緊張とその相剋の諸相 ―J oint research 共同研究齊藤 貴弘 本研究は,「記憶」がどのように「アイデンティティ」の形成に作用するのか,国家や,地域,家族といった重層的な帰属集団への意識との関係性に焦点を当て,文学,歴史,社会言語学の共同研究の形で探求するものである。(1)齊藤 貴弘  テセウスと民主政の「記憶」  アテナイ伝説上の王にして民主政の創始者とされる英雄テセウスは,前5世紀に「土地生え抜き」イメージが付加されていく一方で,悲劇作品などにおいて,「よそ者」として外部からの弱者を受け入れる相反するダブル・イメージを持つ。当時のアテナイ人にとっての「民主政」の起源の「記憶」に関わる多面性を示唆するものとして先行研究に依りつつ考察を行った。 (2)水野 卓  中国古代史の資料が語る「東遷期」の記憶  春秋史の基本資料である『春秋左氏伝』(『左伝』)には,周王朝の王族の1人が,それまでの周王朝の歴史,いわば周王朝に関する“記憶”を語って自らの正当性を主張する場面がある。特に,西周王朝から東周王朝への移行期(=東遷期)の“記憶”については,最近発見された出土資料にも記述があるため,これを手がかりとして「東遷期」に関する“記憶”と,語り手の“アイデンティティ”とがどのように関わるかを検討した。 (3)木下 英文  桜祭りの報道に見られる世代呼称:  ハワイ日系人の民族アイデンティティ形成をめぐって  第二次世界大戦中,ハワイの英字版日系新聞では,日系二世の呼称としてNiseiはほとんど使用されなかったが,1953年にハワイで始まった桜祭りの美人コンテストの新聞報道では,IsseiやNisei等の世代呼称の用例が認められた。本研究は,これらの世代呼称例をコンテクストとの関わりで分析することで,日本語からの借用語使用が戦後のハワイ日系人のアイデンティティ形成においてどのような役割を果たしたかを考察した。 (4)張 栄順  韓国の伝統文化とまちづくり―仁寺洞を中心に  骨董品屋,画廊,筆屋,伝統工芸屋などが集中するソウルの仁寺洞は,韓国では「骨董品の街」や「伝統文化の街」と呼ばれている。いつから仁寺洞が伝統文化を象徴する場所となったのか。また,そこでどのような伝統的なイメージが形成されたのか。仁寺洞という場所の歴史的・社会的な背景を考えることで,韓国の伝統文化とまちづくりの接点を検討した。 (5)加藤 好文  日系アメリカ文学に見る戦争とアイデンティティの揺らぎ  第二次世界大戦中,アメリカ本土に住む日本人及び日系アメリカ人は居住地から強制的に引き離され,収容所に収容された。移民国家アメリカは,ある意味,恐怖心の裏返しとして,日系人たちにアメリカへの忠誠や愛国心を求めたともみなせるだろう。戦前・戦中・戦後のアメリカにおいて,日系人自身は自らの存在をどのように受け止めていたのか,代表的な日系アメリカ文学の中に探ってみた。 (6)菅谷 成子  フィリピンにおける「中国人」―そのアイデンティティをめぐって  中国系フィリピン人と一般の「フィリピン人」との間には明確な境界認識があり,相互排除があるとされる。本研究では,フィリピン史における「中国人」の諸相について,中華ナショナリズム,アメリカ統治および現代フィリピンの「ナショナル・ヒストリー」構築が交錯するなかで,いかに「中国人」が認識されてきたのか,その過程で何が「記憶」され「忘却」されたのかを「アイデンティティ形成」との関わりで考察した。 (7)吉田 正広  「ヒルズバラーの悲劇」とリヴァプールのアイデンティティ  1989年4月ヒルズバラー・スタジアムで行われたFAカップ準決勝において96人のリヴァプールFCのファンが圧死する事故が起きた。当初,リヴァプールのサポーターの行動が事故につながったとされたが,先頃,遺族の再審請求で開かれた死因審問の陪審団は,警察の側の責任を認定した。本研究はこの事故の責任や記憶をめぐる地域の様々な活動を明かにすることで,事故の記憶とアイデンティティ形成の問題を考えた。 (8)畑守 泰子  エジプトの墓碑文と図像に見る女性のアイデンティティとジェンダー  エジプト古王国時代の私人墓の碑文と図像から,王族の家族関係と女性のアイデンティティについて検討した。第4王朝の複数の王妃の墓において,母娘を軸とした家族関係がアイデンティティの拠り所として強調される傾向が見られたが,同時期の男性王族の墓からも類似の傾向が認められることがわかった。また,家族関係と王位継承との関係や葬祭慣習との関連についても検討を行った。

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