愛媛大学法文学部 研究ニューズレターvol.1
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7NEWS LETTER vol.1J oint research 共同研究山本 與志隆 本研究は,各人が「ニヒリズム」,およびそれと同時代的に生じてきた「ナショナリズム」をめぐる問題意識を共有しつつ,相互に意見交換を行いながら各々の立場で研究を進めてきた。西洋哲学研究と日本史研究との共同により,哲学思想の時代状況の歴史的な考察と現代的な諸問題の両方向に目を向けた点に,本研究の独自性がある。 (1)H・アーレント『全体主義の起原』の再検討  本書が描き出す全体主義の歴史は,人間存在の普遍的問題性を問うと同時に,近代日本の問題連関からも考察されるべきであるという観点から,本書について共同研究し,現代の状況を押さえた上での批判的な再検討をも加えながら,現代における「ニヒリズム」と「ナショナリズム」の問題の所在を明らかにすることを試みた。 (2)ニヒリズムとナショナリズムをめぐる現代的状況の研究  (山本 與志隆)  山本は,「ニヒリズム」の根本動向を探りつつ,その一つの現象を「歴史の物語り論」の中に見出した。現在においては「もはやない」過去の事象を,「物語る」ことによって「あった」事柄として解釈し,露わにする歴史の営みには,ニヒリズムの一端を見ることができる。この歴史の物語り論を解釈学との連関において捉えることを試みた。次に,『全体主義の起原』の読解とともに,所謂『黒ノート』の中の「反ユダヤ主義」的言説が取り沙汰されたハイデガーの思惟の問題点を考察した。その批判的検討を通して,ハイデガー自身にとってナチズムとの関わりを視野に入れつつ,ニヒリズムの徹底化された現代における,ナショナリズムの問題を再検討するための視座を獲得した。 (3)ニヒリズムとナショナリズムの西洋形而上学的背景の研究  (松本 長彦)  松本は,現代社会におけるニヒリズムの状況を,大学の本来的在り方との比較によって剔抉することを目指した。現在社会は,経済的効率性に一元的に支配され,それに応じて,我々人類が近代以降育て上げてきた「自由と平等」を核とする普遍的価値を個人的(あるいは集団的)欲望によって否定する風潮があからさまになっている。ナショナリズムも,真の自己実現の運動ともなりえる反面,偏狭な集団的エゴイズム・ナルシシズムに堕する危険性を孕んでいる。これに対して,学びと真理の探究を第一義として,学生と教員の自治組織としての中世ヨーロッパの大学に起源をもつ現代の大学制度は,現代社会で自明の価値とされているものを批判的に吟味し,真に普遍的な価値を探究し提示する役割をもっている。このことを、ヨーロッパにおける大学制度の歴史への振り返りと,カントの大学論の再検討を通して解明した。 (4)ニヒリズムとナショナリズムの問題を出発点となる歴史的状況の研究  (中川 未来)  中川は,19世紀末のナショナリズムを地域との関係から解明すべく,テーマ①「田舎青年と対外進出」・②「グローバリズムとナショナリズム」を設定した。 ①では1890年代の朝鮮で日本語紙を主催した青山好恵(宇和島出身)の思想形成と報道傾向を分析し,彼による同時期の「国粋主義」のアジア論受容と,経済的要因から教育機会を奪われた「田舎青年」としての立身出世のため朝鮮進出,及び貿易による地域振興の企図を明らかにした。 ②では「日本主義」を掲げた日清戦後の思想運動を分析した。「日本主義」は,その担い手高山樗牛の言説から個人を抑圧する国家主義思想と評価されてきたが,本研究は当該期が条約改正に伴う内地雑居準備期であることに着目し,中央と長野・愛媛の教育界の言説や運動体の人脈からそれが道徳教育の危機感(対キリスト教)を背景とする教員主体の思想運動であることを解明した。 (5)社会心理学者が捉えるニヒリズムとナショナリズムの検討  (五反田 純)  五反田は,精神分析学者E・フロムの無意識理論を跡付けつつ,ニヒリズム的状況における自由の可能性に関するフロムの思索について考察した。人間の意識的な営みを無意識の内に自明な仕方で根底から支えている同一律や矛盾律という形式論理は,西洋文化の中で作られた概念であり,我々の無意識は西洋文化が形成した社会的無意識に過ぎない。無意識の社会的な側面を越え出た無意識そのものでは,「AはAであり非Aである」という矛盾が可能であり,この内で人間は自然や他人との真の連帯(自由)があり得る,というフロムの主張の背景には,「人間」という尺度を以って自然や他人を存在せしめるというヒューマニズムの自己中心性があることを指摘した。  本プロジェクトは,さらに発展性を有するものであるので,次年度以降も継続して共同研究を推進していきたい。19世紀末から20世紀にかけての思想的状況― ニヒリズムとナショナリズムを中心として ―

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