愛媛大学法文学部 研究ニューズレターvol.1
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11梶原 克彦近現代オーストリアの「国家と民族」 帝政期のオーストリアでは,民族主義に基づき国家の解体を求める動きと共に,帝国の維持を前提とした多民族国家論も見受けられた。カトリック保守派にあっては,その信仰と相まって,広大な多民族秩序は国家モデルの引証基準であった。この状況は第一次大戦末期にハプスブルク帝国が解体したことで一変する。帝国崩壊後,国土も人口規模も縮小し,民族編成もほとんどがドイツ系となるなど,彼らを取り巻く国家の姿は伝統的な多民族国家とは大きく異なっていた。しかしながら,大戦間期オーストリアのカトリック保守派は,多民族国家としての国家イメージをドイツ系の小国となったオーストリアに何とか接ぎ木し,ドイツとの合邦を説く勢力に対抗せんとした。 2013年に公刊した拙著では,かつての首相たちの精神的な営みのうちに,伝統的な国家イメージが被った変容と持続性を把握し,ドイツ人意識を有しつつ国家としてはドイツとの別個の存在であろうとする,オーストリア国家意識とドイツ人意識との関連を明らかにした。現在は,第二次世界大戦後の国民国家論との関連を視野に入れつつ,大戦間期におけるオーストリア国民論の展開を左右両陣営の所説から,オーストリア国民論の系譜を辿っている。 こうした従来のテーマを進める一方で,「人の移動」という新たな観点から「国家と民族」の考察も進めている。現代ヨーロッパにおいて,移民・外国人の存在は大きなイシューを形成しており,その際,現在の移民・難民の「異質性」と「数の増大」が問題の原因として取り沙汰されることがある。しかし歴史的にみれば状況は異なっている。19世紀末のオーストリアでは,「同じ」キリスト教系の人々であっても,移民は「異質な存在」としてホスト社会との間に軋轢を生じていた。しかもこうした排他性は,多民族国家の時代よりも,同国が第一次大戦後に国民国家化していく中で,例えば労働市場で顕著になった。移民・外国人の存在が問題化することと「国家の在り方」はいかなる関係にあるのか。現在,この「移民外国人の争点化」問題について,19世紀末から現在に至るまで俯瞰する作業を継続している。またこの作業の一環として,第一世界大戦中の捕虜政策に注目し,排他性を強める総力戦における,外国人労働者としての「捕虜」の位置づけや,大戦後の社会に対する捕虜経験の影響を調査中である。 NEWS LETTER vol.1I ndividual research 個人研究近廣 昌志預貸率、日本と北欧の違いが物語ること 現在取り組んでいる課題は,大別して「預貸率の国際比較」と「産学官連携ベンチャーの資金調達方法」です。前者は私が大学院生時代から継続している研究で,いよいよ現実の国際比較の段階に差し掛かっています。預貸率とは,預金取扱金融機関の貸出残高を預金量で割ることで求められますが,例えば北海道のとある信用金庫の預貸率は25%を下回っています。愛媛県内のそれは概ね全国平均並みですが,日本全体の預貸率が趨勢的に低下しています。また預貸利鞘も一段と縮小しており,このままでは再び金融不安を惹起してしまう恐れも否定できません。 ところで,預貸率とは預金をどの程度貸出に向けているかを示すとされますが,それは誤謬です。預金は集まるのに貸出に向けられないのではなく,主として国債を銀行システムが買取り保有するために預貸率が低下するのです。 この預貸率は90年代初頭のバブル経済崩壊から低下の一途をたどっていますが,面白いことに日本とほぼ同時期にバブル経済が崩壊した北欧・スカンディナビア諸国に至っては,むしろ預貸率が上昇しており,この対照的な結果の要因を探っています。 社会主義国家かと思うほど,日本は経済に対する政府のコミットメントが強く,経済の自立性の点から危惧しています。国債を銀行が引受けるスタイルは明治期より継続されていますが,例え日本らしい「解決」策があるとしても,外国経済が困難をどのように克服したのかを金融理論を介して明らかにすることは,サスティナブルな日本を実現させるために有益であると考えています。 後者の研究は,他大学研究者と共同研究として進めています。日本は米国と比較してベンチャー企業が育ち難いとされますが,日本ではイノベーションそのものが熾り難いことに加えて,資金供給のスキームが整っていないことも課題で,産学官連携の技術研究が事業化するためのファイナンススキーム開発研究に取り組んでいます。 その他, 2016年度には「南海放送ラジオ」で金融・経済トピックスコーナーを隔週で担当させていただく機会を頂き,また「あいテレビ」では金融リテラシー調査に関わる解説も担当させていただきました。これらの出演を通して愛媛大学法文学部のPRにもなれば幸いです。I ndividual research 個人研究
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