愛媛大学法文学部 研究ニューズレターvol.6
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近著紹介  本書は,私が執筆した博士論文「違法性阻却・減少事由の結果帰属論的考察――正当化論における『結果』と『因果性』について――」に加筆・修正を行い,研究書として公刊したものです。 刑法は,個人や社会の利益を侵害する危険性(可能性)のある一定の行為を「犯罪」として定めると同時に,それを行った場合には制裁として「刑罰」が科されることを事前に予告することで,犯罪を行わないように人々を心理的にコントロールし,個人や社会の利益が侵害されないように保護することを目的としています。そして,刑法学の役割は,刑法を解釈することによって,どのような場面でどのような犯罪が成立するのかを明らかにすることにあるとされています。 本書では,正当防衛(刑法36条1項「急迫不正の侵害に対して,自己又は他人の権利を防衛するため,やむを得ずにした行為は,罰しない。」)などの犯罪の成立を否定する「正当化事由」に関する様々な問題を取り扱っていますが,その中の一つに,「失敗した正当防衛」という問題があります。 例えば,Yにナイフで刺されそうになったXが,自らの身を守るためにYに暴行を加えて負傷させ,Yからの攻撃を防いだ場合,Xの行為は,Yを負傷させた点だけを捉えれば,刑法204条に規定される傷害罪に該当しますが,それによってXの生命ないし身体が守られたといえるため,正当防衛として正当化が認められ,不処罰となります。こうした事例において正当防衛の成立が認められることについては異論がなく,ここでXの傷害行為について正当化が認められる実質的な根拠は,Yの攻撃を防ぐことでXの生命や身体が守られたという点にあるとされています。 そこで問題となるのが,Yの攻撃を防ぐことができなかった場合です。例えば,上記事例を少し変えて,Yにナイフで刺されそうになったXが,自らの身を守るためにYに暴行を加えて負傷させが,それを意に介せずYが攻撃を継続したため,結局,Xがナイフで刺されてしまったという場合,正当化を基礎づけるとされる「Yの攻撃を防いだ」という事態が生じていないことになりますが,このように防衛に「失敗した」場合に正当化を認めることはできるでしょうか。これが「失敗した正当防衛」と呼ばれる問題です。 従来の学説においては,防衛に失敗した以上,正当化を認めることはできないとする見解も主張されていました。しかし,こうした場合に正当化を認めないことには疑問があるとされています。なぜなら,一方では攻撃を加えてきた者が屈強であればあるほど,他方では防衛をする者が非力であればあるほど,防衛に失敗する可能性が高くなり,防衛者に正当防衛の成立を認めることが困難となってしまうからです。そのため,こうした場合にも正当化を認めるべきだとする見解が学説でも有力となっていましたが,なぜ正当化を認めることができるのかについては,理論的な基礎づけが十分には行われていませんでした。 そこで本書では,ドイツ法における議論も参照しながら,最終的に防衛に失敗した場合であっても,防衛行為によって攻撃者の攻撃を弱体化ないし遅延させた場合には,部分的にみれば防衛に成功したということができ,また,そうした弱体化や遅延が認められない場合であっても,防衛に成功した可能性がある以上,防衛に成功するか失敗するかは偶然に左右されるものであるから,正当化を認めることができると結論づけました。ここでは,攻撃の弱体化や遅延,さらには攻撃を防いだ可能性も正当化を基礎づける一種の「結果」と捉えることができるという点が重要となります。 このように,本書は,正当化に関する様々な問題を,「結果」(やその「帰属」)という視点から統一的に検討した点に特徴があることから,『刑法における正当化と結果帰属』というタイトルとなっています。もっとも,本書で検討することができなかった問題や,検討が不十分であった問題もまだまだ残されていますので,今後の研究活動においては,それらの課題に取り組むとともに,刑法上の他の問題についても積極的に研究を行っていきたいと考えています。14NEWS LETTER vol.6松本 圭史『刑法における正当化と結果帰属』(成文堂,2020年)

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