愛媛大学法文学部 研究ニューズレターvol.6
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4NEWS LETTER vol.6基盤研究B 研究代表者(1)研究の目的と背景 本研究の目的は,島嶼において進行している軍事化の実態を社会学的な実証研究に基づいて明らかにし,島嶼に軍事基地を立地させる社会構造を分析し,軍事化が地域住民の生活や地域社会のあり方,社会全体に及ぼす影響などについて,幅広い視点から考察することである。 本研究は,2009年に朝井が中心となって立ち上げた「軍事・環境・被害研究会」のメンバーによる共同研究である。「軍事・環境・被害研究会」では,環境社会学,国際関係論,平和学,文化人類学といった学問的背景を有する研究者が集まり,軍事と地域社会に関する問題を研究してきた。これまで年に2回開催されてきた研究会では,地域社会での軍事被害の実態や,被害が不可視化されやすい構造的特性などについて,各自のフィールドでの調査での研究成果を持ち寄り,議論を重ねてきた。本研究では,各地域で生じている「軍事化」をめぐるダイナミズムを解明し,問題の被害構造を把握することを目的としている。 本研究は,「軍事・環境・被害研究会」のメンバー7名による共同研究として2020年度から科学研究費補助金の基盤研究(B)の交付を受けたものであり,法文学部の教員である朝井が研究代表者となり,他大学の教員6名が研究分担者となって進められている。交付期間は4年間であり,2023年度が最終年度である。(2)各自の研究の概要 研究代表者である朝井志歩は,鹿児島県の馬毛島での米軍のFCLP施設と自衛隊基地の建設問題を担当し,新規の軍事基地建設計画が住民意識や地域社会の意思決定に及ぼす影響について分析し,基地負担の受け入れを迫られていく地域社会の実情を解明している。 研究分担者である熊本博之(明星大学)は,沖縄県の辺野古の調査を行ない,辺野古が普天間代替施設の受け入れに反対の意思を持っているにもかかわらず,条件付きで容認している理由を,地域社会の米軍基地との関わりや,基地を抱える地域社会の意思決定システムから明らかにしている。 池尾靖志(立命館大学)は,沖縄県の与那国島での自衛隊駐屯地の開設や石垣島での自衛隊基地建設とミサイル部隊配備計画に関する調査から,国家安全保障の実現のために人間の安全保障が脅かされている地域社会の抵抗と分断を解明している。 大野光明(滋賀県立大学)は,京都府京丹後市宇川地区に新たに建設された米軍の経ヶ岬分屯基地の調査を担当し,地域社会に与えた政治的・文化的・経済的な影響を明らかにしている。 竹峰誠一郎(明星大学)は,太平洋のマーシャル諸島でのフィールドワークから,米国によって1946年から58年まで67回実施された核実験によって,現在も元の土地に帰還できない人々が受けてきた様々な被害の実態を掘り下げている。 ロニー・アレキサンダー(神戸大学)は,グアムの調査を実施し,ジェンダーの視点からの軍事被害について明らかにしている。軍事と女性というジェンダーの視点からの軍事被害についての考察は,本研究会の議論に広がりを与えている。 長島怜央(東京成徳大学)は,グアムにおける米軍基地問題について,文化人類学と国際社会学の観点からフィールド調査に基づいて研究し,先住民族の土地問題や地域社会の軍事化という観点から考察している。(3)本研究の独創性と今後の発展性 本研究の独創性として挙げられるのは,第一に,社会運動を歴史社会学の視点から考察する研究者,国際社会学,文化人類学,国際関係論といった他領域の研究者を加えることによって,環境社会学に新たな視点を提供できる点である。国際関係論や平和研究の分野においても,その研究手法や国家中心仮説からの脱却という学術的波及効果をもたらすことになろう。 第二に,これまでの島嶼研究とは異なるアプローチをとっている点である。これまでの島嶼研究は,隔絶性・遠隔性・狭小性といった島嶼地域の不利性の克服をめざそうとしてきた。そこで取り上げられる視点は,狭小性に由来する小さなコミュニティで育まれた人々の絆といったものであった。これに対して本研究は,狭小性にとらわれず,軍隊とそれに抗する人びとのネットワークという視座から島嶼にアプローチすることを目指している。また,地域の「軍事化」を推し進める社会のダイナミズムという視点は,これまでの島嶼研究には見られなかった点である。学術的研究と社会運動の現場とを緩やかに接続する本研究は,既存の環境社会学のみならず,島嶼研究においても新たな知見をもたらすことになろう。朝井 志歩軍事化が島嶼に及ぼす影響の比較研究 −琉球弧,グアム,マーシャル諸島

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