愛媛大学法文学部 研究ニューズレターvol.6
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基盤研究B 研究代表者▲役者評判記『役者姿記評林』©愛媛大学図書館蔵 本研究は『歌舞伎評判記集成 第三期』(役者評判記刊行会編,和泉書院,2018〜)の校訂作業に携わる立場から,『歌舞伎評判記集成 第三期』に収録する安永〜享和期(1772-1804)の役者評判記を対象に,劇場出版物ではなく,出版書肆によって公刊された演劇資料としての側面に注目し,役者評判記の問題を検証していくものである。 年明けまもなく,『演劇界』が3月発売の2022年4月号を最後に休刊することが報じられ,話題となった。発行元の小学館のHPは「前身の『演藝画報』から数えて創刊100年を超える,歴史ある演劇の雑誌(月刊)」とうたわれているように,歌舞伎専門の定期刊行物として,長く歌舞伎ファンの読者に劇評や興行記録等,さまざまな情報を提供してきた。『演劇界』前身の『演藝画報』から100年の歴史を有するという歌舞伎ファンには欠かせない刊行物であり,休刊を惜しむ声は大きい。 『演藝画報』は明治期後半に誕生するが,明治期前半までは「役者評判記」とよばれる定期刊行物が歌舞伎ファンに対し,歌舞伎界のさまざまな情報提供を行っていた。現代の劇評と異なり,「役者評判記」の名の通り,興行における役者の芸を批評した役者評が中心となるが,定型の書式で,特定の出版書肆によって毎年,継続して刊行されてきたものである。その書式は元禄時代に京都の書肆,八文字屋八左衛門によって整えられたもので,明治20年代に至るまで継承されていく。定期刊行物として,定型の書式が継承されたことにより,個々の役者の経歴,芸の変遷等が具体的に検証されるほか,演出の変遷,時代による観客の反応の変化等もうかがえるなど,役者評判記は歌舞伎研究の必須資料のひとつとなっている。 元禄から明治にいたるまで,役者評判記は200年の歴史がある定期刊行物であるが,当然,順調に刊行が継続された時期もあれば,継続が危ぶまれた時期もある。定期刊行を保持した出版書肆の奮闘の足跡,あるいは,出版現場の混乱の実情を解明することにより,より有効な研究資料としての活用が期待される。本研究で役者評判記の出版の問題に注目するゆえんである。 本研究が対象とする安永〜享和期の特徴としては役者評判記出版の中心的書肆である八文字屋の役者評判記作成の現場に大きな変化が生じていることが指摘される。例えば,八文字屋版の役者評判記の諸本異同が多岐にわたること,先行出版物からの本文流用,板木利用等が散見されること等,八文字屋のこれまでの役者評判記作成システムが混乱している状況がうかがえる。文化期(1804-1818)になると版権が八文字屋から大坂の書肆,河内屋へ移行することになるが,その前段階であるこの時期の出版状況の実態を解明することが課題となっている。 また,この時期の特徴として,八文字屋以外の書肆による出版の活発化があげられるが,八文字屋版以外の役者評判記の出版についての分析は未着手になっている。なかでも江戸の興行のみを対象にした,江戸の書肆,中山清七による版行が継続していることが注目されるが,中山版は八文字屋版役者評判記の定型の書式をそのまま採用しつつ,江戸の興行界に特化した内容を提供する出版物として定期刊行化を目指した。同時期に刊行された江戸戯作の中でも江戸版役者評判記の話題が取り上げられたり,歌舞伎好きで知られる大和郡山藩二代藩主柳沢信鴻が江戸版役者評判記を手にしていたことがその日記に記録されたりするなど,江戸版役者評判記に対する江戸読者の反応も興味深いところである。 江戸版だけではなく,興行が活発化する名古屋の歌舞伎興行を扱った役者評判記や,山梨の歌舞伎興行を扱った地方版役者評判記も作られるようになり,役者評判記の役割は広がっていく。八文字屋版は京・江戸・大坂の三都の歌舞伎興行を対象とするが,このような三都以外への展開も検討すべき課題である。 役者評判記原本の調査・収集も同時進行で行っているが,2021年には諸本として貴重な2点の役者評判記を入手できた。2017年〜2019年に基盤研究(C)「第三期役者評判記の有用性に関する総合的研究」が採択された折にも新出資料2点を含む役者評判記約30点を入手しており,これら新資料の検討も課題のひとつである。 これらの課題に,神楽岡を研究代表者として,研究分担者3名,研究協力者13名のチームを組んで取り組んでいるが,研究チームの母体は1998年から研究活動を開始している。その研究成果は『歌舞伎評判記集成 第三期』にも反映されているが,今回は役者評判記の出版の実態と問題を課題に役者評判記の研究を進めて行く予定である。NEWS LETTER vol.65神楽岡 幼子第三期(安永〜享和期)役者評判記の出版に関する総合的研究

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