愛媛大学法文学部 研究ニューズレターvol.6
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8NEWS LETTER vol.6若手研究 研究代表者若手研究 研究代表者▲研究に用いる史料の 一例(野﨑家文書) 東亜同文会は,日清戦争後に顕在化した東アジアにおける帝国主義状況に対応して1898年に創立された民間外交団体,そして「アジア主義」の思想集団であり,1946年まで存続しました。その事業目的は日中間の文化的・経済的協力の推進で,特に後者については東亜同文書院(上海)での中国語教育と中国事情研究を通じて多くの経済人や「支那通」を輩出しました。 これまでの東亜同文会研究では,近衛篤麿(初代会長)や荒尾精,根津一(東亜同文書院長)ら関係者の思想と政治活動に即して「アジア主義」の実態を考察する思想史的研究,日中間の政治的関係に与えた影響を検討する政治外交史的研究,また東亜同文書院での教育研究に注目する教育史的見地からの分析に重点が置かれてきました。 一方で近年における思想史研究の動向は,思想集団の史的分析にはその支持母体の活動実態や機関誌の流通網の解明など地域史的,メディア史的視点が不可欠であることを明示しています。また世紀転換期以降の「アジア主義」が東アジアへの経済的進出を図る帝国日本の動向と表裏一体の関係にあった以上,その主体として地域社会に基礎を置き中国をはじめとする東アジアへの進出を志向した実業家・生産者層や青年層の存在を定位する必要があるでしょう。 私は広くは哲学・倫理思想を専門としていますが,特に西田幾多郎(1870−1945)という哲学者を研究しています。一般に西田は,仏教や儒教の東洋思想と西洋哲学を総合して思索し,とりわけ宗教の問題を考えた哲学者として知られています。それは間違いではありませんが,西田の意義は宗教にとどまりません。 西田は「ポイエシス」を基礎概念として,「技術」や「芸術」という何かを「作る」こと(さらには人間自身を「作る」人間形成の問題)を哲学しています。「ポイエシス」とは古代ギリシャ語で「制作」を意味します。本研究は,この西田のポイエシス(制作)論の哲学的・現代的意義を明らかにしようとするものです。 私たちの現代社会は原子力エネルギーを作り,遺伝子を操作し臓器を作ろうと試みるなど,これまでの時代とは根本的に異なった「ポイエシス」を行っています。西田は1945年に亡くなっていますから原子力や生命工学など現代技術のことを知りません。しかしそこには制作をめぐる哲学的洞察があり,また人間と自然の調和を重んじた思想が見られます。本研究は西田の制作論が現代技術に対して何が言える そのため本研究では,思想史・メディア史・地域史という分野を横断する手法を用いることで,「アジア主義」の思想集団たる東亜同文会を支持し,その思想や活動を受容・需要した人的・社会的基盤を炙りだし,近代日本のアジア関与と地域社会の関係を問い直したいと考えています。とりわけ,東亜同文会の有力支援者であった野﨑武吉郎(岡山県,貴族院議員)の残した膨大な史料群(野﨑家文書,野﨑家塩業歴史館蔵)を初めて全面的に活用し,従来は検討されてこなかった思想運動の「支援の論理とその実態」を史料実証的に解明することを目指しています。 具体的には,①荒尾精の経済構想における「地方実業家」の位置づけを分析することで「アジア主義」における「地方」の役割を理論的に解明する。②東亜同文会の言論機関『東亜時論』『東亜同文会報告』の紙面を分析し,両紙の読者層や読者組織を明らかにすることで「アジア主義」の受容者・需要者を特定する。③東亜同文会の地方支部(国内)を網羅的に調査し,特定の支部についてその成立の政治経済的背景を検討することで,「アジア主義」の支持基盤を明らかにする,という3つの課題を設定し研究に取り組んでいます。かを究極的には考えたいと思っています。 ただし残念なことに西田の制作論は体系的に書かれていません。そこで著名な哲学者・思想家による制作論と西田を比較することによって,西田の制作論の意義を取り出そうと思います。 まず20世紀最大の哲学者・ハイデガーとの比較を行います。ハイデガーは現代技術世界の危険性を批判的に捉えるとともに,それとは別の世界の可能性を模索しました。この研究のために両者の思想を総合した哲学者・上田閑照の理論にも取り組もうと考えています。 また,愛媛県の砥部焼など民衆が作った工藝品である「民藝」の思想家として知られる柳宗悦の思想との関わりにも注目します。柳は高校時代に西田の教えを受け,大学卒業後は西田の強い影響下にある宗教哲学者として出発しました。柳と西田の思想は深く通じ合います。 今後の研究の発展はまだ分かりませんが,現代の科学技術や倫理をめぐる哲学を,私の専門である日本哲学を中心にすえて考えていきたいと思っています。中川 未来太田 裕信思想集団としての東亜同文会とその社会的支持基盤に関する地域史的・メディア史的研究西田とハイデガーのポイエシス(制作)論の比較研究――上田閑照と柳宗悦を参照軸に

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