ま行

MARX Edward准教授

マークス エドワード / MARX Edward Daniel

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専門分野:英米文化

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教員からのメッセージ
 Studying literature and language, we can explore other cultures, not only those of the present day, but also of the past. I am especially interested in writers who have used the English language to explore other cultures, whether they are writers from Western countries writing about experiences in distant places, or writers from non‒Western countries contributing new ideas and forms of expression to the English language. English has become a global language that belongs to no single country. It is a language not only of great literature, but of every type of writing, film, popular music, and many other cultural forms. I hope there's something in it to interest everyone.

槙林 啓介准教授

まきばやし けいすけ / MAKIBAYASHI Keisuke

専門分野:考古学

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教員からのメッセージ
 なぜ,私たちは日本に住んでいるのでしょうか?日本の歴史,日本の文化,・・は,私たちとどんな関係があるのでしょうか?そして,そのことを考えたり,表現したりしたいとなぜ思っているのでしょうか?
 歴史学や考古学は,過去を復元し知ることだけで完結しているわけでありません。また,学問世界のみで評価されるものでもありません。私たちひとりひとりの世界や私たちが生きる社会で,どんな世界を築いていきたいのか,そのために必要な思考と活動です。
 ところで,その日本は東アジアの様々な国や地域の人々や社会と関わってきたことは言うまでもありません。しかし,例えば,中国のことをどれくらい知っているでしょうか?中国と一言で言っても,実際は多様な地域社会とその文化,そして歴史が存在しています。それだけでなく,日本との関わりにおいても,歴史的に中国-日本という一対一の関係ではありません。
 これからは,中国地域の多様で多元的な社会とその歴史を知ることが求められるのではないでしょうか。そして,様々な角度から東アジア世界を見ることができるようになることは,今後私たちが歩んでいくときにさらに必要になってくると思います。現在の見方を常に打ち破り更新していくために,自分の視野・視点をいつも広く持っておきたいものです。

松枝 啓至講師

まつえけいし / MATSUE Keishi

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専門分野:哲学

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教員からのメッセージ
 みなさんは「哲学」という言葉でどういった学問をイメージするでしょうか? 高校で「倫理」を履修した方は、ソクラテスやデカルト、ニーチェといった哲学者たちを思い浮かべるかもしれません。哲学者たちの名前は頭に浮かんでも、その人たちの思想がどのようなものであったか、曖昧かもしれません。難しくて理屈っぽくて堅苦しいというイメージを抱く人もいるでしょう。
 ただ、「哲学」という言葉の語源は、愛(philos)と知(sophia)の二つの語からなる古代ギリシャ語のphilosophia(フィロソフィア)であり、「知を愛すること」という意味です。そしてこの場合、「知(ソフィア)」とはある特定のジャンルの知識・知恵を指すのではなく、むしろあらゆる分野の知識・知恵を指します。つまり何らかの知恵・知識に対して「愛(フィロス)」を持って一生懸命に探求するという営みが、「哲学(フィロソフィア)」と言えます。したがってみなさんも、自分が何らかの分野の知識探求に熱心に取り組んでいるということであれば、知らず知らずのうちに上記の意味での「哲学」を実践しているということになるでしょう。
そしてある分野の知識を突き詰めて探求していると、自然と他の分野の知識も必要となり、つながっていくものです。何が他に必要となるか、そしてどのようにつながっていくのか、そこにはその人の個性が現れてくるでしょう。さらに「哲学」に足を踏み入れるきっかけも、おそらく人それぞれ、些細な疑問からはじまります。当たり前だと思っていたことが、ふとした瞬間、疑問へと転ずるとき、それが「哲学」のはじまりです。その些細な疑問を気のせいだとスルーせずに、疑問として受け止め、それを自分なりに考え、他の人と議論し、答えを見つけ出そうと努力すること(=「哲学」)。答えはなかなか見つけることができないかもしれませんが、そのように答えを見つけ出そうと試行錯誤するプロセスは、生きていく上での重要な糧となるでしょう。授業でも様々な「疑問」を取り上げながら、みなさんと一緒に考えていきたいと思います。

松木 裕美講師

まつぎ ひろみ / MATSUGI Hiromi

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専門分野:芸術学

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教員からのメッセージ
 私たちは、日々、あふれるようなイメージに囲まれて生活しています。それはインターネットやテレビを通してだけではありません。建物や街並み、そして風景にも色と形があります。自分の環境に対して意識的になれば、これまでと違った世界が見えてくるかもしれません。
 私は、フランスで芸術学を学び、教会、宮殿、モニュメント、広場、公園、そしてそこにいる人々を見ながら芸術について考えてきました。その場から動かすことができない作品に関心があります。作品そのものだけでなく、作品のある場所とその空間的広がりについて考えています。
 授業では、みなさんの能動的な参加を期待します。絵画、彫刻、建築などを時間をかけて分析し、感じたことを人に伝える作業を繰り返すことで、少しずつ芸術への理解を深めてもらいたいです。

松本 浩平教授

まつもと こうへい / MATSUMOTO Kohei

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専門分野:民法

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教員からのメッセージ
 大学1年の時,はじめて受講した民法の講義は,大講義室にもかかわらず,マイクを通すことなく,最高裁判所の判決(判例)について朗々と語られる先生の姿と相俟って,たいへん興味深く心に残りました。その後,この講義を担当された先生のゼミに加えていただき,以来,民法の研究・教育に携わってきました。
 民法は,私たちにとって身近なものだと言われます。実際,「民法」という法律を眺めてみると,それは,私たちがこの世に生まれてから,人生を終えるまで(ときには,出生の前やこの世を去った後も)関わりを持つものであることがうかがえます。普段はあまり意識することはありませんが,日常生活と深く関わっているのです。
 学生の皆さんに,民法についての具体的なイメージを尋ねると,物の売買や,金銭の貸し借り,アパートの賃貸借などの「契約」や,「結婚」,「離婚」,そして「相続」などといった例が多く挙がります。
 民法は,こうした事柄について問題や紛争が生じたとき,それを解決する基本的な基準としての役割を担っています。そしてまた,私たちが自らの意思で自己の財産関係や身分関係を形成して行くについて,その法的な基礎となっている重要な法分野なのです。
 ところで,民法は私たちにとって身近な存在だと先に書きましたが,身近であることは必ずしも学ぶに容易であることを意味しません。民法は市民生活に関わる広範な事柄を対象とする体系的な規範です。そのため,学修には少なからず時間と根気を要します。また,技術的,専門的なところも避けられません。一例ですが,「危険負担における債権者主義と債務者主義」と言われても,一般には理解不能といったところでしょう。こうした専門的な用語や概念,制度などを,その具体的な内容とともに理解し,用いることが時には必要となります。
 このような民法について,興味,関心をもたれた方は,是非,ゼミに参加し,メンバーと一緒に理解を深めてもらいたいと思います。恩師とは違い,授業ではマイクを使ってたどたどしく民法の解説をしておりますが,微力ながらみなさんの学修の役に立てればいいなと考えています。

三上 了教授

みかみ さとる / MIKAMI Satoru

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専門分野:国際協力論

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教員からのメッセージ
 人生は確率変数です。数ある潜在的な可能性の中で,どれが現実として出現するか,それは多かれ少なかれ偶然に支配されます。例えば,いつどこで生まれるか,学ぶか,働くか,死ぬか,すべては確率変数です。もちろん構造的制約や経路依存性により確率分布の形状は異なるでしょう。しかし,一瞬一瞬に偶発的要素が介在していることは確かだと思います。私は人生の一瞬一瞬を支配していた確率分布に思いをはせつつ,たまたま生起した現実を受け入れ,大切にすることをモットーにしています。
 さて,私は現在,主として開発援助政策の国際比較を行っています。これ自体も確率変数ですが,どのような政策がいつ行われるのか,ということも確率変数です。そしてその政策によって,誰がどのような影響を受けるのか,ということもまた確率変数です。しかし制度や政策は一斉に多くの人に影響を与えることが多く,上記のように影響の受け方は決して一様ではないとしても,ある種の傾向をもつことも事実です。私は制度や政策が説明責任を果たすためには,その平均的な効果を統計学等の科学的手法で明らかにしなければならないと思っています。
 と同時に,全体の中に含まれた一つの事例に注目することの重要性も認識しています。回帰モデルの想定によくあてはまるとしても,あてはまらないにしても,当事者にとっては実現値がすべてだからです。蓋然性は,個々の結果に責任を持ちません。私はその一つ一つの真実も知りたいと思っています。
 確率分布を俯瞰しつつ,個々の事例が,あるいは自分自身が,確率分布のどこに位置づけられるのか把握することは,ときに哀しく,もどかしく,そして興味深くもあります。学生の皆さんには,研究テーマに関わらず,しっかりとした方法論を身につけてもらいたいと考えています。

水野 卓教授

みずの たく / MIZUNO Taku

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専門分野:アジア史

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教員からのメッセージ
 古代中国と聞いて,みなさんの頭には何が思い浮かびますか。高校時代に世界史や漢文が好きだった人は,秦の始皇帝・項羽・劉邦といった歴史上の人物とか,殷・周・秦・漢といった王朝の名前を思い出す人もいることでしょう。あるいは,マンガ好きな人であれば『キングダム』のストーリーを,ゲーム好きな人であれば「三國無双」の世界を思い浮かべる人もいるのではないでしょうか。
 その『キングダム』が描く春秋戦国時代や,「三國無双」の舞台である三国志の世界は,漫画家やゲームクリエーターが想像で創り上げているわけではなく,当時のことを記した書物を手掛かりに創り出しているはずなのです。例えば,中国古代の有名な歴史書である司馬遷の『史記』や春秋時代の説話が数多く記されている『春秋左氏伝』,諸子百家の思想が記された『論語』『孟子』などを読むことによって,私たちは当時がいかなる世界であったのかを知ることができるのです。
 歴史を学ぶ上で歴史資料を読むことは必要不可欠であり,中国古代史であれば,それは『史記』などの古典文献に書かれた内容を漢文で読むということになります。つまり,漢文によって歴史資料を読み込み,その資料に基づいて古代中国がいかなる世界であったのかを探ること,そこに中国古代史を学ぶうえでの「面白さ」があると言えるでしょう。
 中国古代史の勉強が社会に出た時に直接役立つわけではありませんが,歴史家E・H・カーの「歴史は現在と過去との対話である」という言葉にも示されているように,古代中国の歴史を学ぶことで,現代中国を理解する際の手助けになるかもしれません。また,古典文献に記された「故事成語」などを知っておくことも,社会人の「一般教養」として,どこかで役に立つはずです。魅力あふれる中国古代史を一緒に学んでみましょう。

光信 一宏教授

みつのぶ かずひろ / MITSUNOBU Kazuhiro

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専門分野:憲法

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教員からのメッセージ
 日本国憲法の本文は全部で103の条文で構成されていますが,その中で最も大切な条文を1つだけ挙げるとしたら,皆さんは何を挙げますか?戦力の不保持をうたう9条でしょうか?それとも国民主権原理を定める1条でしょうか?もちろん唯一の正解はありませんが,憲法学者の多くが13条だと答えるはずです。13条には,「すべて国民は,個人として尊重される。(略)」と書かれており,これを個人主義といいます。個人主義とは,「人間社会における価値の根元が個々の人間にあるとし,何よりも先に個人を尊重しようとする原理」(美濃部達吉の弟子であった宮沢俊義の言葉)のことで,人種や民族といった個人を超越する全体のために個人を犠牲にしてかえりみない全体主義(ナチス・ドイツの下で,600万人ものユダヤ人がただ単にユダヤ人であるというだけで虐殺された事実を思い起こしてください)を断固として拒否します。要するに,日本国憲法の究極の目標は一人一人の人間を自主的な人格として平等に尊重する社会,すなわち基本的人権の保障が十二分に確立された社会の実現だといってよいでしょう。しかし世の中を見渡しますと,冤罪・不当逮捕や社会的弱者に対する様々な差別をはじめ,個人の基本的人権が国家権力や他の私人によって侵害される事例は枚挙にいとまがありません。皆さんには,憲法人権論を学んで,日本国憲法が理想とする個人主義社会の実現に向け,理不尽にも差別され人間としての尊厳を踏みにじられた人々の心の痛みを共有できる感性と,冷静に筋道を立てて論理的に考えることができる理性的能力とをぜひ身につけていただきたいと思います。

三吉 秀充准教授

みよし ひでみつ / MIYOSHI Hidemitsu

専門分野:考古学

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教員からのメッセージ
 考古学は,古墳を発掘したり,土器や石器について研究する学問では・・・,というイメージをもっている人が多いのではないでしょうか?
 確かに,発掘調査や,土器や石器の大きさ・形態・材質・製作技法といった点について詳細に検討することから全ては始まるわけですが,それだけではありません。土器や石器は自然に存在する物ではなく,過去の人間と何らかの関わりのある物です。こういった性格をもつ土器や石器等を他の地域の物や前後の時期の物と比較検討することによって,過去の人間の文化を復元していく作業,これが考古学です。
 私の研究テーマは「日本列島における初期須恵器生産の開始と展開に関する研究」です。日本列島では,古来より朝鮮半島から数多くの文化や技術を受容してきました。その1つが,今から約1600年前に開始した須恵器生産です。日本列島において生産が開始した頃の須恵器を初期須恵器と呼びますが,この初期須恵器の生産には,朝鮮半島の陶質土器を製作していた工人が深く関与しています。また,工人の交流や移動だけではなく,その背景には文化レベルの大きな交流も行われていました。この交流の実態解明に向けて,伊予市市場南組窯跡の発掘調査・研究に取り組んでいます。

村上 恭通教授

むらかみ やすゆき / MURAKAMI Yasuyuki

専門分野:考古学

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教員からのメッセージ
 考古学は歴史を解明する学問ですが,遺跡やそこで発見されるさまざまな物質資料を研究の対象とするところに特徴があります。そのためには発掘を行い,出てきたものを記録します。また発見した物質資料を研究室で図に描いたり,拓本を採ったり,写真を撮ったりといろいろな技術を駆使して記録します。したがって,専門課程では野外において,また研究室において,多くの技術を身につけなければなりません。
 しかし,これらの技術を身につけたからといってそれで終わりではありません。むしろ,そこからがスタートです。みずから発見し,整理した資料をもとに仮説を立て,既存の学説や関連する分野の研究成果も取り込みながら,遺跡のある地域の歴史を構成していきます。そして教科書にも概説書にもない歴史を組み立てるのです。そこにおもしろさがあります。
 ただし,私たちが発掘する遺跡は研究対象として与えられるものではなく,私たち自身で探し求めるものです。遺跡が存在する地域に足を踏み入れ,山野を歩き,時には土地の人々に聞き取りも行います。発掘調査は必然的に地域とのつながりが前提となります。地域の歴史を研究することはその地域の現在を共有することでもあるのです。
 今,考古学研究室は県内では芸予諸島(上島町弓削)で発掘調査を実施しています。また「三国志」の蜀で著名な中国四川省や遊牧民族の故郷である南シベリアでの調査も実施しています。
 いずれの地域においても学生諸君とともに調査する遺跡を探し,発掘し,その地域の新しい歴史像を解明しつつあります。ローカル(ミクロ)な視点での研究もよし,グローバル(マクロ)な観点での研究もよし,双方あればなおのことよし。とにかく野外へ出て,いっしょに活動しましょう!