愛媛大学法文学部 創立50周年記念誌
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53Ehime University Faculty of Law and Letters 50thいる土小屋も当時は小さな山小屋がポツンとあるだけでした。石鎚山や瓶が森での感動が山にのめり込むきっかけとなり、その後、現在に至るまで山歩きをしています。(3)現在  国税の職場を退職する前は、「晴耕雨読」や「365日アルピニスト」などの夢がありましたが、現実はままならず9年目を迎えた今日、仕事よりもボランティアをすることが多くなりました。それでも地区の仕事が少ないと責め立てられます。退職したのに何でこんなに毎日が忙しいのかと、ふと思ってしまいます。 一方、「ハイキングクラブ」は昨年、創部50周年ということで、松山の東京第一ホテルで記念祝賀会を開き、全国各地から100名を超えるOB・OGが集まり、昔話に花を咲かせました。 50周年祝賀会を開催するきっかけは、OB会会員の中でもリタイヤ組が出てきて、少し時間的余裕のある者から昔登った山に皆で行ってみるかとの話が持ち上がってきました。話はとんとん拍子に進み、第1回は新歓合宿をした「皿が嶺」で日帰りでしたが、回を重ねるごとに四国内はもとより、九州や中国地方にも足を延ばし、春と秋の2回、2泊3日の合宿をしています。その中でそろそろ部ができて50周年になるのではないか、記念に何かやろうじゃないかとの機運が高まり、準備委員会を作り、泊まり込みで打合せすること6回に及びました。卒業した後、大学を訪れる機会のない者も多くいるので愛媛大学の「ホームカミングデイ」の日程に合わせて計画し、昨年の11月11日に盛大に祝賀会を開催することができました。また、多くの出席者が「ホームカミングデイ」に参加し、大学の変貌ぶりに驚いていました。(4)大学時代の経験は私の宝物 最初は相手が誰なのか分からないくらい変わってしまっている人、昔の面影を少し残している人などいろいろですが、話し始めると数十年前にタイムスリップして生き生きと若々しい話が続きます。よくもまあ50年も続いたことよと、我ながら驚いています。 次の周年行事は我々がやりますと宣言する心強い後輩もいます。まだまだ続いていくんだという実感を覚えました。 また、祝賀会の準備をしている中で、毎年合宿で山には行っているが、そろそろ体力的にも限界に近づいてきた、思い切って南米のペルーのマチュピチュに行ってマチュピチュ遺跡の後ろの断崖絶壁のマイナピチュに登ろうと意気投合し、仲間の有志で昨年行ってきました。今年も、50周年の山はやっぱりスイスよということで仲間の有志で行くことにしています。山はまだまだ続きます。 周りの人からはこの歳までよく続きますねとうらやましがられます。同じ釜の飯を食った仲間の意識が底流にあり、損得なしで何でも気さくにものが言えることにあるのではないかと思います。職場一辺倒だったサラリーマン生活、リタイヤ後の生活にうまくソフトランディングすることができました。これも大学時代の経験のおかげで、本当に私の宝物だと実感しています。北アルプス剣岳をバックに(1972年8月)正月山行(1973年、石鎚山)

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