幸泉満夫『対馬暖流ベルト地帯をめぐる縄文後半期の農耕関連具類に関する再評価』

 本書は、科研課題「対馬暖流ベルト地帯周辺における縄文農耕の実証化に向けた関連石器類の広域基盤研究」(19K1097基盤研究C)にかかる、成果書の第三弾(以下、成果学術書Ⅲ)です(図1・2:2024年2月29日刊行、単著、並製装(アートポスト)A4判無線綴じ、全154頁/うち本文152頁)。
 わが国の縄文時代後半期(縄文中期末~晩期末葉)における初期農耕(原初農耕)関連具類に対する実態解明を念頭に、関連学史の整理と、分類基準の整備を行ったうえで、2019年度より約5年の歳月を費やし作成してきた二次資料群(実測図や写真画像、イラスト類)の数々を掲載し、時期別の検証と再評価を行っています。
 本書は全5部、合計24の章で構成されています。
 第Ⅰ部では当該研究課題の目的と学史的背景、ならびに、2023年度における研究経過を纏めました。
 第Ⅱ部では、縄文後半期の関連学史として最も注目される、渡辺誠提唱の東日本縄文文化複合体西漸説に焦点を絞った2022年までの研究学史を整理し、そのうえで、本書の目的と課題の設定を行っています。
 第Ⅲ部では前回の成果学術書Ⅱにつづいて、関連石器群に対する時間軸の縦断、及び広域空間の横断が可能な詳細分類基準を整備しました。
 第Ⅳ部は、本書の主翼部分です。科研採択初年(2019年)度以降、筆者が蓄積してきた関連実測図類のうち、成果学術書Ⅲでは縄文後半期の諸例、未公開資料を含む合計444点を一挙紹介しています。
 第Ⅴ部では、本書で主要ミッションとしてきた縄文中期末葉以降、晩期末葉までの初期農耕関連具類の分布と出現傾向、ならびに器種組成等について、図3でもその一部を紹介する通り、現時点における一連の成果を総括しています。

 

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 本書の主要成果は、次に掲げる21件です。① 西日本の縄文後半期における初期農耕関連具類の分布を時期別、器種別に明らかにできたこと、② 縄文中期末~後期前葉前半(J-Stage1~8)の西日本においては、関連石器群の分布が「対馬暖流ベルト地帯」にほぼ限定されること、③ 対馬および西北部九州本土~山陰地方周辺における大陸系関連石器の散在傾向、④ 各地に潜在していた磨盤状石皿と磨棒状磨石の抽出評価、⑤ 大陸系石刀の把握と「対馬暖流ベルト地帯」への偏在傾向(幸泉満夫2022「대륙에서 유래한 석도 모양 석기 -쓰시마 난류 벨트지대 주변 미지의 자르개류에 대한 예비적 고찰-」『愛媛大学法文学部論集 人文学編 』第53号も参照)、⑥ 西日本における有柄狭鍬(曲身系統および張出形土掘具)の偏在傾向、⑦ 京都府桑飼下遺跡出土の扁平打製石器946点に関する最新の個体数識別調査成果の公表、⑧ 東日本由来とみられる有柄掘棒群の西漸傾向、⑨ 瀬戸内周辺での扁平打製土掘具類の欠如と有抉刃器の盛行傾向、⑩ マイクロ土掘具(木製掘棒の石製刃先)存続の証明、⑪ 後期後半以降の西日本における打製石鎌の盛行、⑫ 「対馬暖流ベルト地帯」を源流とする有柄土掘具(鋤・鍬類)の薄手大型化傾向、⑬ いわゆる「擦切具」の多様性とその一部が除草収穫具を示唆する可能性、⑭「対馬暖流ベルト地帯」から北陸西部への伝播要素の抽出、⑮ 石製土掘具類の少数出土傾向に対する視座、⑯ いわゆる「土器圧痕レプリカ法」や「X線CT法」による有用植物検出事例の偏在性と土器、石器等の物質文化資料にみる「対馬暖流ベルト地帯」側との不一致性、⑰ 島根県五丁遺跡出土のイネ籾圧痕土器が縄文後期後葉~晩期前葉にまで遡る可能性の指摘、⑱ 岐阜県六里遺跡における韓半島系無文土器の発見、⑲ 畑(畠)作を基軸とした初期農耕の多様性に対する再認識、⑳ 石器使用痕研究に対する今後の発展的可能性、㉑  以上の関連石器群の分布経緯として大陸(特に韓半島)側からの影響が看過できないこと(西日本における「東日本縄文文化複合体」と「韓半島新石器・無文土器文化複合体」の相互影響による「文化複合」状態)です。
 以上の成果により、「対馬暖流ベルト地帯」の輪郭を初期農耕関連具類の内容からも充分に把握できたといえるでしょう。
 本書の発刊により、今後、わが国の縄文後半期をめぐる初期農耕(原初農耕)関連具類に対する諸研究への幅広い学術貢献が期待できます。
なお、今回も科研事業に伴う出版図書のため非売品ですが、関連する全国主要機関に無償で配布しています。今後、既刊の成果学術書Ⅰ、Ⅱ(図1)とともに、多方面で活用頂けることを願ってやみません。

図1 科研成果学術書Ⅰ~Ⅲ

図2 表紙と、はじめに

図3 公開成果の一例

※幸泉教員のその他の研究業績についてはresearchmapをご参照ください。
https://researchmap.jp/0884229115mz