カタリーナ・ヘルマン 著、木田綾子・野村優子・児玉麻美 訳『それでも書いた女性たち──ドイツ語圏の作家と思想家』

 「国語の授業を思い浮かべてみてください。あなたは教科書で読んだ女性作家を何人思い出せますか? 私はほとんど思い出せません」という著者まえがきからこの本は始まります。サブタイトルにあるように、これはドイツ語圏の話です。では、私たち日本の場合はどうでしょう? 日本には清少納言や紫式部がいるので、なんとなく女性も日本文学史に寄与している気がします。でも、文化の担い手が貴族から武士に代わると、国語の教科書に掲載されるような女性作家の数は減り、明治時代の樋口一葉(1872-1896)まで女性の名前は滅多に現れません。多かれ少なかれ、他国でも似たような状況です。

 ヘルマン氏は「女性作家は、男性作家とはまったく違う条件で執筆しなければなりませんでした」と語ります。この本の中で紹介される20人のドイツ語圏女性作家たちは、教育の機会を制限され、執筆するにも家族や夫の許可が必要で、心血を注いだその作品は娯楽に過ぎないと軽視されてきました。本書では、そうした「本来なら執筆などできないような環境」で「それでも」書いた女性たちの人生が、20章の物語として立ち上がっています。各章から、彼女たちの「自由になりたい」という悲痛な叫びと、「書きたい」という心からの願いが聞こえてくるようです。

 

 2020年10月、新居浜工業高等専門学校の木田綾子氏と、かつて愛媛大学法文学部に所属していた児玉麻美氏(現:奈良女子大学文学部)とともに「ドイツ語圏女性文化研究会(略してDF研)」を結成後、この本を翻訳しようと決めてから45回の研究会を重ね、2025年春にようやく出版の運びとなりました(同メンバーでジェンダーに配慮したドイツ語教科書も刊行しています)。2023年夏にミュンヒェンでお会いしたヘルマン氏は、現在でもドイツの女性作家の置かれた状況は満足のいくものではないと言われました。本書は250年以上にわたるドイツ語圏女性作家の歴史をたどる構成となっていますが、彼女たちを取り巻く環境はゆっくり変化したとはいえ、今もなお不利な境遇は続いているのです。ジェンダー平等に関して、ドイツに遅れをとる私たち日本が、この本から学べる内容は多いでしょう。ドイツや文学に関心を持つ人はもちろん、幅広い層に届くことを願っています。

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