野原将揮・秋谷裕幸著 ≪闽语与上古音≫
本書は京都大学人文科学研究所・野原将揮准教授と私の共著であり、2025年3月に中国上海の中西書局から出版されました。以下のウエブサイト(中国語)をご参照ください。
https://mp.weixin.qq.com/s/v8NNYJLt_8n1wSrMpYiNhg
現代中国語諸方言はおおむね唐代の標準語から変化してきたと理解することができます。その例外が福建省を中心に分布する閩語です。1926年スウェーデンのBernhard Karlgrenは閩語だけは唐代標準語より早い段階に分岐したとの仮説を提起しました。当時は閩語諸方言のデータは限られていましたし、上古中国語とりわけその音声(上古音)に関する(現代的な意味での)研究も緒に就いたばかりでしたので、この仮説の本格的な検証は困難でした。そもそもそれを試みようとした研究者もほとんど存在しなかったように思います。
前世紀80年代になると、閩語を含む中国語諸方言の記述研究が急速な発展を遂げます。一方、上古音の研究も六母音仮説等によるブレイクスルーを果たしました。1926年に提起された仮説を検証する準備は十分に整ったと言えるでしょう。
野原准教授は出土資料を駆使した上古音研究が専門であり、私は閩語とりわけ閩東区方言と閩北区方言の記述的・歴史的研究を専門としています。閩語と上古音の関連をテーマとした論文を、これまで単独であるいは共同で執筆してきましたが、それらを今回論文集の形で集成し出版する運びとなりました。
本書に収録した12編の論文は、例えば紀元前三世紀頃には消失していたと考えられる上古音における円唇母音oと非円唇母音aの区別の痕跡が閩語に観察されるなど、Karlgrenの仮説が成立することを支持するものばかりです。また上古音との比較研究から、閩語の成立時期を魏晋南北朝の前半あたりとおおざっぱな見通しを立てることもできました。
この研究は現在も継続中です。近い将来第二集を上梓することができればと希望しています。
なお本書はFuture Development Funding Program of Kyoto University Research Coordination Allianceの助成を受け出版されました。
※秋谷教員のその他の研究業績についてはresearchmapをご参照ください。
https://researchmap.jp/Akitani