福井秀樹『Aviation Policies: Studies of Unintended Effects and Consequences』
Fukui, H. (2025). Aviation Policies: Studies of Unintended Effects and Consequences. Springer.
DOI: https://doi.org/10.1007/978-981-96-7303-2
XII, 516 p.; 176 illus., 1 in color (本文516頁、図版176点〔カラー1点〕)
サポートサイト: https://sites.google.com/view/aviation-policies/
本書は、航空政策を題材に「政策がもたらす思わぬ結果」を実証的に検証した研究書です。序章・終章を除く各章は、国際的な査読付き学術誌に掲載された著者の論文を基に構成し、学問的厳密さと政策現場の実態把握の両立を目指しています。
1.著書の概要
本書は全5部で構成されています。
第Ⅰ部:米国・英国の空港発着枠取引を分析し、市場メカニズムが必ずしも競争促進に直結せず、場合によっては競争回避を可能にする状況を示します。
第Ⅱ部:航空会社による発着枠制度の戦略的利用が、実質的な空港処理能力の抑制や運賃上昇につながり得ることを描き出します。
第Ⅲ部:航空機燃料税や地上走行計測管理などの環境政策が燃料消費・CO₂排出に与える効果を推定し、一定の削減効果を確認するとともに、その持続性の限界を指摘します。
第Ⅳ部:旅客の長時間機内滞留防止を目的とする米国のターマック遅延規則の下で、遅延抑制と引き換えに欠航が増え得るというトレードオフを明らかにします。
第Ⅴ部:因果効果推定のバイアス低減を狙うマッチングや重み付け手法を検証し、条件によっては逆にバイアスを悪化させる可能性をモンテカルロ・シミュレーションで示します。
2.著者の主な狙い
本書の中心メッセージは、「政策分析・評価では、意図した効果だけでなく意図せざる効果にも同時に光を当てるべきだ」という点にあります。競争促進を掲げた発着枠取引が競争回避を助長する、ターマック遅延への罰則が欠航増加を招く——こうした多面的で複雑な帰結が現実には生じ得るためです。
同時に本書は、証拠を重視した政策形成(Evidence-Based Policy Making, EBPM)の課題にも光を当てます。政治的実現可能性や研究成果の再現性の危機等により、証拠が十分に活用されない現実があるためです。そこで著者は、学術研究のもう一つの役割として「問題提起機能(problem-articulation)」を重視します。見過ごされがちな副効果を発見・言語化し、改善の議論へとつなげる営みは、意図した効果の推定に劣らぬ重要性を持つと著者は考えます。
3.学術的な意義
本書は、制度設計と事業者の戦略行動のダイナミクスの分析を主軸に、計量手法の限界と手法選択の影響も点検します。これにより、政策と市場の動的相互作用の理解を深めると同時に、因果推論に対しては手法選択の妥当性を吟味するための視点を提示します。意図された効果の推定と意図せざる効果の掘り起こしを両輪とする本書の分析枠組みは、航空政策にとどまらず広範な政策領域に応用可能です。
4.著者の所感
本書は既出論文の集成にとどまらず、「政策分析・評価の社会的意味」を問い直す試みでもあります。政策は人・組織の行動と相互に影響し合うため、理論的に整合的に設計されていたとしても現場では予期せぬ結果が生じ得ます。そうした現実を直視し、副効果を含む全体像を解明することこそ、より良い政策への第一歩だと著者は考えます。
航空政策を素材に「社会を科学的に観察する」とは何かを読者とともに探る——それが本書の主眼です。国内外の研究者・実務家との対話や批評、行政からのデータ提供に支えられて完成した本書が、「航空政策」「政策分析・評価」の読者はもちろん、「科学と社会」「証拠の限界」に関心を持つ方々にも新たな視点を提供できれば幸いです。なお、分析結果の再現可能性を高めるため、使用データとStataコードは本書のサポートサイトで公開しています。
※福井教員のその他の研究業績についてはresearchmapをご参照ください。

