藤村瞳「ビルマ/ミャンマーにおける帰属とアイデンティティをめぐる歴史の共同国際研究」

東南アジアの一国ミャンマー(ビルマ)では、2021年に軍事クーデタが発生して以降、国軍対国民という構図で内紛が継続している。国内政治情勢の大きな変化は、民族・宗教的属性の間に横たわっていた対立や偏見を顧みる機会を国民に与え、現在ミャンマーにおけるアイデンティティを問い直す機運が高まっている。ミャンマーにおけるエスニシティと宗教をめぐる歴史を再考するため、在トロント(カナダ)の研究者との国際共同研究を2023年から2025年まで実施した。本研究は、2023年4月より研究助成事業を担当するカナダの政府系組織であるThe Social Sciences and Humanities Research Councilから、ヨーク大学のAlicia Turnerを研究代表者、愛媛大学の藤村瞳を共同代表者として学術交流助成金(Connection grant)の支援をうけた。

まず、2023年8月にカナダのヨーク大学にて、ミャンマー・日本・カナダの研究者による国際ワークショップを催した。2日間にかけて行われたワークショップでは、日本人研究者6名、北米研究者4名、ミャンマー人研究者2名が研究発表したほか、討論にはトロント在住のミャンマー人研究者3名が加わり、活発な議論が交わされた。全ての研究発表は、同国における帰属意識が「民族」や「宗教」といった近代的概念と区分をめぐって変化してきたことを受けて、過去あるいは現代における事例の分析を発表した。具体的には、「ビルマ民族=仏教徒」という定式にあてはまらないバマー・ムスリムの自認識、ビルマの歴史認識に通底するタキン・ナショナリズム、政治用語としての「ルーミョウ(ミャンマー語の「民族」)」再考、などのテーマで報告がなされた。

写真1:国際ワークショップの様子

国際ワークショップ開催の成果は、二種類の形態で公開することとなった。一つ目は査読付き国際学術雑誌The Journal of Burma Studiesに特集号の公刊である。二つ目は、研究エッセーとしてのオンライン公開である。どちらの形態でも、英語だけでなくミャンマー語版も同時刊行することを重視した。以下では、一つ目の国際学術雑誌での特集号について述べることとしたい。

The Journal of Burma Studiesの特集号は、「Histories of Belonging and Identities (Re)Imagined」という題で2025年9月に刊行された。同特集号には巻頭言としての序論の他、4本の研究論文が所収された。これらのうち、序論は本国際共同研究を主催してきたAlicia Turnerと藤村瞳の共著によるもので、単著論文はMaynadi Kyaw、藤村瞳、池田一人、根本敬(掲載順)らの研究成果である。執筆者全員がイギリス植民地期を対象にしていること、およびワークショップでの議論を踏まえ加筆修正した内容を特集号に寄せることとなった。執筆者がミャンマー人および日本人研究者で構成されていることと国際共同研究の主旨を踏まえ、序論では、欧米地域の研究者により牽引されてきたビルマ研究界隈における欧米(在住の研究者)偏重の傾向を是正する必要性を論じ、その足掛かりとして特集号を位置付けた。

本特集号の最たる特徴は、29年続くThe Journal of Burma Studiesの歴史のなかで初の試みとなったミャンマー語版の同時刊行である(ミャンマー語版はオンライン発行のみ)。欧米偏重型のビルマ研究コミュニティへの批判がなされても、学術的議論は依然として英語でのみ行われることが通例であった。本共同研究はそうした現状への警鐘を鳴らす具体的試みとして、ミャンマー語版の同時刊行を目指した。加えて、ミャンマー国内が内戦化している現在、かつての大学生や研究を志していたミャンマーの若者は反政府運動の咎を逃れるために国内外に潜伏している。ミャンマー国内からも容易にアクセスが可能となるよう、英語版・ミャンマー語版共にオープンアクセスとして公開した。ミャンマー語版は単なる英語版の翻訳ではなく、著者全員がビルマ語で加筆修正し、執筆者も共同研究者とともに英・緬両方の編集を行った。2023年以来の共同研究の結果として、二言語での特集号出版へとこぎつけた点も付記しておきたい。

写真2:特集号表紙

写真3:特集号・序章のミャンマー語版

※藤村教員のその他の研究業績についてはresearchmapをご参照ください。

https://researchmap.jp/7000029043