髙橋基泰「信用と共同性の日欧農村対比研究:市場経済形成期における小口金融組織の存在形態」(国際共同研究強化(B)、研究代表者、2021〜2025年度)
本来は本来は相互扶助的な金融組織が、市場経済活動への資金融通組織へ転換する歴史的プロセスをたどることを目的とする研究です。研究期間は2021年〜2025年で、現在2年目になります。
【概要】
本研究は、日欧の地域金融組織について、とくに信用・信頼と社会的共同性との存在形態の対比を通して、各国各地の近代的金融制度が登場する以前の金融組織ないし金融活動の特性を明らかにすることを目的とする。本研究では、当該期の日本における講・無尽などの小口金融組織をとりあげ、それを「信用・信頼」と社会的「共同性」の関係を重点に対比分析の基準とし、欧州各地において多様な小口金融の組織と利子率形成プロセスを含めた存在形態の対比分析を試みる。
そのため、本計画では、まず1)日本における小口金融の全国的事例の収集と分析を進め、分析モデルとして精緻化する。2) 17世紀以降のイギリスに残る地域金融組織関係史料全体を俯瞰する史料学的メタ・データを用い、上記小口金融および利子率の視点から欧州諸地域の学説史を読み替え、3)利子率の変化を含む高次統合データベースを用いた、地域金融組織を成立させる産業・消費構造の時系列対比により、地域金融市場の発展プロセスと市場経済の地域的多様性とを明らかにする。
【背景】
とくに本研究会のこれまでの研究により、日本における対象地である旧上田藩上塩尻村で無尽講を含む新発掘史料がもたらした知見は、18世紀中葉において、蚕種業の発展につれて、それを家業とする家々、および本家・分家の系譜関係による同族と家との生成を実証する2)。ここで着目されるのは、「家」ないし「家計」相互の関係において小口金融をめぐる信用組織が存在し、家相互が経済的社会的共同性を形成するということである。市場経済化の中で、家相互の共同性に支えられた市場活動と信用・信頼の歴史的存在が一定の重要性を持つのである。その社会的存在様式は多様性を持ち、日本の無尽ないし講といった小口金融組織と、現在まで金融機関として機能する欧州各地のフラタニティ (例:「慈悲の山Monte Pieta)や教区宗教ギルドと対比できる。1990年代以降、社会経済史の分野では家族・親族関係、地域信用関係(例:C・マルドルーの近世英国「信用」研究)において各々の蓄積を見るが、統合までには至らなかった。史料・データや研究技術・技法が未整備で統合し得なかったからである。
【本研究課題の核心】
本来相互扶助的な金融組織が、市場経済活動への資金融通組織へ転換する歴史的プロセス、とはいかなるものか、という問いにある。また、それに対応して利子率はどう変わるのか。
これまでに、本研究の成果公表の一環として、共編著(長谷部弘・髙橋基泰・山内太『近世日本における市場経済と共同性—近世上田領上塩尻村の総合研究Ⅱ—』刀水書房・2022年)を刊行しました。(写真1)また、本研究に海外共同研究者として参画していただいているケンブリッジ大学歴史学部クレイグ・マルドルー教授との共同論考も日本語および英語で紀要にて公刊予定です。それは、2020年度(実施2022年度9月)学術振興会外国人研究者招へい(短期)事業(Fellowship ID:S22070)「信用と共同性の日欧農村対比研究:市場経済形成期における小口金融組織の存在形態」(受け入れ研究者:愛媛大学教授・髙橋基泰)のプログラムの一環として、国際公開シンポジウム・セミナー(2022年9月24日愛媛大学および同年同月28日東洋大学(後藤はる美教授主催)においてマルドルー教授の報告を中心におこなわれた議論を元にしています。本研究の問題提起に即し、現時点での研究水準を確認し、近世・近代英国信用・金融史の権威であるケンブリッジ大学クレイグ・マルドルー教授との問答を足がかりとして今後の実証研究への導入とするものです。(写真2)