田島篤史「中・近世ヨーロッパにおける悪魔学作品と社会との相互的影響関係に関する学際的研究」(若手研究、研究代表者、2022~2023年度)

本研究は、従来、歴史学の研究対象であった悪魔・悪霊・魔女・魔術に関する包括的知識体系である悪魔学、およびそれを基に書かれた悪魔学作品について、新たに文学研究の対象としての可能性を示すものである。具体的には、悪魔学の最重要作品で魔女迫害を激化させたとされる『魔女への鉄槌』(初版1486年)を取りあげ、その「作者」および当時の社会との相互的影響関係に着目し、実証史学的な手法とともに文学の批評理論を用いて分析する。

『魔女への鉄槌』は、ドミニコ会に属する二人の異端審問官ヘンリクス・インスティトーリスとヤーコプ・シュプレンガーの手になるとされる悪魔学作品であり、初の体系的魔女論として注目されてきた。魔女・魔術は古今東西みられる人類普遍の現象である。しかし、それに関する学術理論の急激な発展と衰退は、中・近世ヨーロッパ=キリスト教世界にのみ認められる特徴である。すなわち、悪魔学という知識体系自体が、強く歴史性を帯びた事象なのである。そのため悪魔学は、これまで主に歴史研究の対象とされてきた。しかし悪魔学というジャンルに属するテクストは、神学・聖人伝・神話・法学といった種々の言説群からなっており、これらは学問的言説と文学的言説の混合したテクスト、すなわち、文学・歴史学を架橋し、双方の射程に収まるテクストなのである。そこで従来の実証史学的手法に加え、批評理論を用いた考察によって、文学研究の対象として『魔女への鉄槌』の分析を進めていく。

本研究の基底には、「書かれたもの」が社会に対していかに作用するか、また逆に様々な社会的存在・事象が作品の成立にいかに関わっているのか、という両者の相互的影響関係に関する問題意識がある。これは、あらゆる文化的営為はそれ自体独立して存在しているのではなく、作り手の置かれている社会的状況と密接に結びついているという認識に由来する。このことは悪魔学作品とその作者にも該当することであり、本研究は主として「作品」と「作者」に着目し、文学の批評理論に基づいて、両者の相互的影響関係を考察するものである。

『魔女への鉄槌』(1669年、リヨン版)魔女迫害の時代にヨーロッパで印刷された最後の版