神楽岡幼子『歌舞伎評判記集成 第三期 第六巻 自天明七年 至寛政三年』

神楽岡幼子『歌舞伎評判記集成 第三期 第六巻 自天明七年 至寛政三年』(和泉書院、2023.2)

『歌舞伎評判記集成』は現存するすべての歌舞伎の評判記について、本文テキストおよび書誌情報を提供することを目的とした資料集成で、1972年に『歌舞伎評判記集成 第一期 第一巻』が刊行されて以来、継続されている刊行事業である(初期のものは「野郎評判記」と呼称され、その後「役者評判記」の呼称が定着するので、集成の名称は両者を含む呼称として「歌舞伎評判記」が採用されている)。

現在は、役者評判記刊行会を組織して、安永~享和期(1772-1804)に作られた役者評判記を収載する第三期の『歌舞伎評判記集成』(全11巻)を刊行中である。今年度刊行した『歌舞伎評判記集成 第三期 第六巻』には天明7年(1787)~寛政3年(1791)に出版された役者評判記9点を収める。役者評判記とは江戸時代から明治にいたるまで250年にわたり継続的に毎年刊行された歌舞伎役者の芸評書であり、役者の演技や劇の内容、興行の実態などを示す貴重な演劇資料である。

第三期が対象とする時期は、市川団十郎でいうと四代目市川団十郎・五代目市川団十郎の活躍時期にあたる。たとえば、第六巻収載の『役者吉書始』には「天地開け始まってより市川五代の誉れ。元祖才牛荒事の道を開きてより凡百有年来の今に至って、江戸惣役者の冠首とする事、希代の家筋」(引用にあたっては適宜、句読点を付し、表記を漢字に改めるなどした。)と、「元祖才牛」こと初代市川団十郎から当代の五代目市川団十郎に至る連綿たる荒事の家筋を謳い、「江戸惣役者の冠首」と、歌舞伎界における確固たる地位を宣言する。また、五代目の息子で子役として舞台に立つ四代目市川海老蔵(後の六代目市川団十郎)についても『役者吉書始』では「よほどの仕内、あっぱれでかされます。驚き入たる事。諸見物涙を流しまする。誠に親の子、至って大出来/\」と見え、悪役に打ち据えられ無念がる演技を見た見物たちが、その演技に心奪われた様子が伝えられている。このように、市川団十郎に注目するだけでも、役者評判記から得られる情報は豊富であり、役者評判記の記事を追えば、市川団十郎の名跡が歌舞伎史にどのような足跡を残してきたのかを跡づけることが可能となる。

個々の歌舞伎役者の芸や動向を知りうるだけではない。役者評判記を使って歌舞伎の興行や演出の実態などを追うことも可能であり、歌舞伎史の変遷を追う基礎資料としても非常に有効な文献となっている。加えて、東洲斎写楽等の役者絵についての研究、歌舞伎に取材した近世文学に関する研究、近世語、近世文化に関する研究等においても役者評判記は有効な情報源として活用されている。

なお本書は、2022年度科研費・研究成果公開促進費(学術図書)(課題番号:22HP50220)の助成を受けたものである。

 

『歌舞伎評判記集成 第三期 第六巻』