太田裕信『西田幾多郎の行為の哲学』

本書は近代日本の哲学者・西田幾多郎(1870-1945)に関する研究をまとめたものである。一般的に西田は、西洋哲学を熱心に研究しながら東洋思想(主として禅仏教と浄土仏教)の伝統も踏まえつつ、西洋哲学の単なる輸入紹介とは異なった、独自の思索を展開した哲学者として知られている。その業績から「西田哲学会」という一人の哲学者を主題とする学会が設立され、国際的にも西田を中心とした「日本哲学」の国際学会が設立されるなど、活発に研究されている。

太田裕信『西田幾多郎の行為の哲学』(ナカニシヤ出版、2023年)

 

西田哲学は「自己」という存在を根本問題とし、それを基盤に、自然科学、歴史、倫理、宗教などの諸事象を横断的に考察するという壮大なものであった。最初の、そして最も有名な著作である著作『善の研究』(1911年)では、「純粋経験」という経験のあり方が論じられ、それに基づき倫理、宗教のあり方が考察された。また「場所」(1926年)という論文以降では、「自己」を、単に他者と区別された個人としてではなく、様々な出来事や他者との関係がそこで成立する「場所」として捉えるという独自の思想が展開された。

さらに十五年戦争を時代背景とする1930年代以降は、これらの「純粋経験」や「場所」の思想を基盤に、「行為」という概念を根本概念とした哲学が形成された。従来ではこの「行為」の哲学が十分研究されてこなかったのに対して、本書は、この「行為」の哲学の形成過程と本質を解明しようと試みた。西田の「行為」の哲学には、近代の「個人主義」や「人間中心主義」を越えて、自然・社会「環境」を地盤とし、多くの他者とともに生きる「場所」的な人間存在を起点とした豊かな「技術」や「宗教」をめぐる思索が提示されている。その技術論は人間と自然環境との豊かな関係を是とする技術論であり、宗教論は神秘的・党派的なものではなく、現代の世俗的な私たちにとっても十分傾聴するに値するものである。

このように「行為」という観点から西田哲学を見るのが本書の特徴だが、それに加えて、キルケゴール、マルクス、ドストエフスキーなどとの西洋哲学・文学との関わりからそれを解釈した点も、本書の特徴である。多くの西田研究は仏教からの影響を注目することが多いが、仏教との関わりを踏まえつつも、それらの西洋哲学との影響関係にも目を向けたのである。

より一層の研究の余地を残した研究成果ではあるが、関心があれば手に取っていただければ望外の幸いである。なお本書は、令和4年度法文学部戦略経費・出版助成を受けて書かれたものである。愛媛大学および法文学部に深く感謝申し上げたい。