梶原克彦・中川未来「愛媛県における写真経験の社会経済史的研究」(愛媛大学法文学部戦略経費・令和3年~5年度)

 本研究は、愛媛県における写真をめぐる歴史、とりわけ「写真を撮る」という経験とこれを支えた社会経済基盤の歴史を検討するものである。研究チームは、歴史政治学(梶原)と日本近代史(中川)という社会科学系科目と人文学系科目を本学部で担当する2名から構成されている。本研究のテーマは両者の専門領域を越えるそれであるが、新規研究領域の開拓、学際性、地域貢献といった側面を評価され、令和3年度より法文学部戦略経費の支援を受けて両名が研究を実施している。
 写真撮影機材、いわゆるカメラの原点は、「カメラ・オブスキュラ」(「小さな部屋・暗い箱」の意)という装置にある。この装置の内側に映る倒立像を手書きでなぞっていた時代を経て、感光材料を用いた「撮影」を行い「写真を撮る」ようになったのが今からおよそ200年前のことである(19世紀前半)。それから100年かけて、ロールフィルムの採用と持ち運びに便利な小型カメラの開発(ライカの登場)があり(20世紀前半)、その後、露出やピント、シャッタースピードの自動化といった技術革新を経て、カメラは安価な消費財となり、撮影もポピュラーな事柄となった(1960年代~1990年代)。2000年代になると、撮影媒体がフィルムからデジタルへと変化し、さらにスマートフォンの普及とSNSの拡大もあって、「写真を撮る」という営為はかつてないほどありふれたものとなった。その陰で、この営為をおよそ過去100年間に亙り支えてきたフィルムやカメラといった機材が後景に退いていくと同時に、写真のプリントや焼き増しを行い、カメラの販売を担ってきた「街のカメラ屋さん」も急速に姿を消しつつある。
 一方で、頻発する自然災害により地域の継続性が物理的に断たれてしまう中で、写真をめぐる営為は、地域における記憶の伝承を可能にするあり方として注目を集めている。愛媛県でも地域の記憶を伝える媒体としての写真や、これを支えてきた写真機材・写真関連店舗、そして街の「定点観測所」としての写真館への注目は高まっている。しかしながら、「写真を撮る」という営為そのものが当該地域社会でどのような仕組みで成り立っていたのか、この点がよくわかっていない。すなわち、写真撮影に関連する機材の販売や入手実態、写真を鑑賞する方法やそのツールの在り方(額縁やアルバム台紙など)、そして地域にあって人々の節目を記録して来た写真館の様子はどうだったのだろうか。
 このように、近年「写真を撮る」という営為が大きく変貌を遂げる中で、街や地域の記憶の媒体としての写真が注目されるようになってきた。そこで、こうした「写真を撮る」営為を支えてきた機材や「街のカメラ屋さん」といった社会経済的基盤(インフラストラクチャー)の形成、展開、変容、をインタビューと文献調査を通じて、実証的に解明していこうというのが本研究の狙いである。これまでの成果には、2022年3月および2023年3月に上梓した『写真経験のインフラストラクチャー』および『写真経験のインフラストラクチャー(Ⅱ)』という2冊のブックレットがある(愛媛県立図書館所蔵)。これらのブックレットには、松山市の老舗カメラ店である「キングカメラ」さんと「稲垣カメラ」さん、両ご店主のこれまでの歩みを記した貴重なインタビュー記事や、本研究のアウトリーチ活動でもある写真資料の保全と写真経験をめぐる講義(共通教育科目)の紹介などが納められている。ご一読いただければ幸いです。

『写真経験のインフラストラクチャー』(表紙および目次)

『写真経験のインフラストラクチャー』(表紙および目次)

『写真経験のインフラストラクチャー Ⅱ』(表紙および目次)

『写真経験のインフラストラクチャー Ⅱ』(表紙および目次)