高橋勇介「日本の労働市場政策と地方財政についての理論的分析」(愛媛大学学術フォーラムでの報告)
2019年10月より愛媛大学法文学部に講師として赴任し、2022年9月までのテニュア・トラック期間においては、「非正規雇用の転職問題」、「労働者のメンタルヘルスと幸福」、「ふるさと納税の返礼品の問題」、「ソーシャル・キャピタルと地域社会」という4つの研究課題に取り組んだ。前者の2つの研究テーマには、非正規雇用の正規雇用への転換の難しさやメンタルヘルスの問題が根底にあり、政府の喫緊の政策課題ともなっている。これらの問題は、労働経済学のみならず、公共政策や財政学においても関係の深い研究テーマである。特に、労働者のメンタルヘルスに関する研究は多いものの、心身の健康や主観的厚生に着目した研究は十分に蓄積されているとはいえず、新たな労働経済学分野の開拓となる。後者の2つの研究テーマについては、財政学や公共政策論で大きな問題となっている、ふるさと納税の返礼率の決定要因やソーシャル・キャピタルと地域活性化との関係など、地域社会が抱える問題について検証している。主な成果について紹介していきたい。
「非正規雇用の転職問題」については、非正規雇用から正規雇用への転職にどのような要因が有効か、パネルデータによる回帰分析を行った。慶應義塾大学パネルデータ設計・解析センター『日本家計パネル調査』(2012年から2015年)のパネルデータを用いた分析では、雇用保険に加入している、教育訓練給付制度を利用中である場合、正規雇用への移行が促進されていること、男性においては、医療・社会保険・社会保障の業種で、正規雇用への移行が進んでおり、雇用契約期間のない非正規雇用のほうが、正規雇用への移行が進みやすいことなどが明らかになった。「労働者のメンタルヘルスと幸福」については、労働者の心身の健康に関する理論的な分析を行った。慶應義塾大学パネルデータ設計・解析センター『日本家計パネル調査』(2014年から2018年)のパネルデータを用いた分析では、フレックスタイム制が女性の心身の不調に影響を与えていること、小規模企業で働いていることで身体的な不調が小さくなっていること、労働時間については、男性の心理的な不調に影響を与えていることなどを明らかにした。
「ふるさと納税の返礼品の問題」については、政府の統計資料を用いて、ふるさと納税の返礼率がどのように決まるのか実証分析を行った。財政力が弱い地方自治体が、ふるさと納税による寄附金の獲得で税収を拡大させる狙いや、他の自治体にふるさと納税が行われることで税額控除などによる税源の流出を防ぐといった意図で、返礼率を上げるといった現象は確認できなかった。「ソーシャル・キャピタルと地域社会」については、アンケート調査をもとに、地域資源の保全に対する寄附行動や地域資源の保全や地域活動への参加に対する意識に、ソーシャル・キャピタルの要素である「信頼」や「互酬性」といった規範的な意識がどのような影響をもたらしているのか、実証分析を行った。特に、寄附行動や地域資源の保全や地域活動への参加に対する意識には、ソーシャル・キャピタルの要素である「信頼」や「互酬性」といった規範的な意識が影響していることが明らかになった。
テニュア・トラック期間の研究成果については、上述の成果を含め、日本経済政策学会『経済政策ジャーナル』、財政学研究会『財政と公共政策』、ゆうちょ財団『季刊個人金融』、愛媛大学経済学会『愛媛経済論集』に8本の論文を、ぎょうせい『月刊税』に1本の依頼原稿を掲載している。
今後の課題は、政府の公共政策に対して、より具体的な政策的含意を提示できるような研究を行っていくことである。現在、愛媛県労働者福祉協議会と共同で、労働者へのアンケート調査を予定しており、今後は、ハローワークや労働局、公益社団法人への聞き取り調査やアンケート調査も可能ならば実施していく予定である。
テニュア・トラック期間の研究環境については、研究費の追加配分など恵まれた環境をいただき、充実した研究生活が送れた。ご助力くださった方々に厚くお礼申し上げたい。
日本経済政策学会『経済政策ジャーナル』表紙(J‐STAGEに掲載)
※高橋教員のその他の研究業績についてはresearchmapをご参照ください。
https://researchmap.jp/7000029872