【図書】 幸泉満夫『文化観光立国時代のやさしい博物館概論』
日本国内では近年、経済力の鈍化や、急速なグローバル化の影響による社会環境の変容に加えて、少子高齢化による人口減少問題も避けがたく、もはや「明るい日本の未来像を描きにくい…」等との、悲観的意見に流されがちです。
博物館でも予算削減の悪循環のなか、学芸系ポストの非常勤(任期付)化に応じて、充分な議論もなく、定年後の再雇用職員が着実に増加しつつあります。当然、組織構造の維持といった観点から、若手人材の育成に新たな影を落としかねないのが現状といえるでしょう。このように2000年代以降における場当たり的な施策の数々に対する、今後10年、20年後の段階的な反動が、少なからず懸念されるところでしょう。
関連して、「限界都市(City Limits)論」(Peterson1981、曽我2012、梅野2016ほか)もまた、これから深刻な課題として発展していくことが予想されます。前岩手県知事の増田寛也は、はやくも2040年には全国1800市区町村のうち、約半分で、自治体としての存続が難しくなるだろうと予測しています(増田2015ほか)。現に、2024年に公表された有識者組織「人口戦略会議」の見通しでも、2050年までには全国における約4割の自治体が消滅するだろうと、同じく警鐘が鳴らされているのです(人口戦略会議2024ほか)。いったい、日本の近未来は、どうなっていくのでしょうか。
今後、一定数の市町村の消滅や、自治体間における広域合併の加速化は、もはや不可避なのかもしれません。そしてそれゆえに、雇用や経済的豊かさのみならず、あらゆる面で魅力的な地域、つまり自治体のみが、次世代を担う新たな中核的「まち」として生き残っていくことが、予想できるわけです。
近未来の日本各地が豊かで、文化的であり続けるためには、これまで地域で培われてきた独特の風土や歴史、景観、文化芸術等の数々を守り、それらの魅力を発信していける能力を備えた人材の育成と、確保こそが、ますます重要となってくることでしょう。加えて、地域市民の生活を保証するため自立的な経済力の持続も不可欠でしょうから、地域ブランドとなる伝統産業の育成を一層強力に進め、これとリンクさせた文化、観光双方の促進による「まちづくりモデル」の推進こそが、鍵を握ると考えられるのです。
個性と、活気に溢れる豊かな町づくりと、その持続的発展をめざすためには、国の補助金や政治家ばかりに頼るのではなく、地域の特性に応じた官民協働による中長期的な戦略が、綿密な計画のもとで進められる必要があるでしょう。地域の博物館もまた、そうした市民活動を支える中核的施設として、意識的な運営計画が不可避となってくるはずです。
以上の展望にもとづくならば、地域の文化、芸術、観光、そして社会教育に長年根ざしてきた各地の博物館こそが、今後の日本と世界をつなぐ文化振興の要(かなめ)として、一層、活躍できる可能性を秘めているといえるでしょう。
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本書では上記趣旨にもとづき、従来にはなかったスタイルの大学授業用の「博物館概論」テキストとして、新たに編纂したものです(写真1:ISBN 9784829508923)。2025(令和七)年1月15日刊行。単著、A5判ソフトカバー装、本文224頁。合計6章から成る本文と、関連法令集の全2部で構成されています。このテキストでは、主に、以下に記す3つの視点のもと、綴られています。
① 「博物館法令集を完備」
2023年、約70年振りとなる「博物館法」の大改正によって、長年にわたり活用されてきた『博物館関係法令集』(日本博物館協会)も、ついに廃版となりました。直近、各大学で博物館学や学芸員資格を担当されている全国の先生方も、少なからず、お困りのことでしょう。本書では、後半の第Ⅱ部に最新の「関連法令集」を完備しています。日本国憲法、教育基本法、社会教育法、文化芸術基本法、文化観光推進法、博物館法、博物館法施行規則、地方自治法、文化財保護法、ならびに公開承認施設に関する規定等を厳選し、掲載していますので、これまで通り、大学の講義等で効率的にご活用頂けます。
② リモート授業でも対応しやすい
2020~2021年におけるのコロナ禍で著者自身、切望してやまなかったのが、遠隔対応が可能な新スタイルのテキストの開発でした。先の見通せない現代社会、どのような環境下でも社会と大学が機能している限り、次世代を担える有為の人材を確実に育成していくことが、教育機関の使命です。本テキストでは、まず各章ともに平易で簡潔な解説を「ですます調」で貫くことで、さまざまな受講生への理解力や吸収力アップにつなげられるよう、工夫しました。そのうえで、各章の巻末には、遠隔非同期でも対応が可能な「リモート課題」をふんだんに設けています。
③ 学芸員資格こそが、地方消滅を救う新たな切り札
全国各地の大学で開講されている「博物館概論」では、毎年、何割もの学生さんが単位を取得できず、去ってしまうという状況が、憂慮され続けてきました。しかしこれは、従来の教育が博物館の学芸員養成のみに絞られすぎてきたためではないでしょうか? 多少矛盾するようですが、人口減少時代を迎えようとする今、学芸員資格を活かせる人材は、もっと、もっと多様であってよいはず、そう著者は考えてきました。直近、2023年施行の博物館法改正でも、「地域における教育、学術及び文化の振興、文化観光その他の活動の推進を図り、もって地域の活力の向上に寄与する」ことが努力義務として、新たに盛り込まれました(同第3条第3項)。
いま、日本国内では人口減少問題がいよいよ深刻化し、地方の消滅、いわゆる「限界都市」へと、一歩ずつ近づきつつあります。こうした地方の近未来を救うのが、各地の文化や芸術、自然、そして観光振興を直接担うことのできる学芸員、その他の専門スタッフであり、それらの人材育成こそが、今後の大学教育には欠かせない、そういえないでしょうか。「博物館概論」をはじめとした大学の関連諸授業でもいま、より広く、柔軟な内容に向けた改革と充実が、各地で求められているのです。
第Ⅰ部の最後を飾る第Ⅵ章では、文化観光立国と博物館の目指すべき近未来像に対して、限界都市論等も念頭に据えつつ、とくに、今後が懸念される中小自治体をめぐる伝統産業と歴史、芸術、観光業、そして博物館との新たなあり方について考えています。ここでは、「博物館第四世代論」を新たなキーワードに、地域と根ざし、市民とともに歩んできた3つの先進地域(自治体)の事例を紹介しています。
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本書をご活用頂くことにより、近未来の日本を支え、創造できるだけの魅力的な学芸員が数多く、育ってくれることを願ってやみません。
リンク情報
URL https://www.fuyoshobo.co.jp/book/b10105605.html
写真1 2025年刊行の『文化観光立国時代のやさしい博物館概論』芙蓉書房出版
※幸泉教員のその他の研究業績についてはresearchmapをご参照ください。
https://researchmap.jp/0884229115mz