【科研費研究】 胡光「霊場資料学の構築と霊場文化の解明による四国遍路の総合的研究」(基盤研究(B)、研究代表者、2020~2024年度)
研究目的
本研究は、2017~2019年度に行った基盤研究(B)「地域資料調査に基づく四国遍路の総合的研究」を継承、発展させたもので、愛媛大学四国遍路・世界の巡礼研究センターを母体として、学内外の巡礼研究者を結集し実施した。学内の研究分担者は、竹川郁雄・川岡勉・西耕生・青木亮人・中川未来である。
四国遍路は、四国一円に広がる弘法大師空海ゆかりの八十八ヶ所霊場を巡る全長1400㎞にも及ぶ壮大な円環型巡礼である。その原型は、1200年以上前に空海が行った厳しい修行に由来し、長い歴史のなかで変容と発展を遂げ、今もなお多くの人々を四国へ誘い、地域の人々もお接待で迎える、生きた四国の文化である。
四国遍路研究のなかで、信仰の対象である「霊場」の研究は進んでいなかった。近年は、世界遺産化運動の高揚もあり、霊場会が調査に協力し、四国四県庁を中心とした八十八ヶ所の調査報告書が順に刊行されている。当センターでは、2020年に四国4県庁等が組織する世界遺産登録推進協議会と協力協定を結んでおり、学術面から四国遍路の世界遺産化を支援している。
そこで本研究では、「霊場」の資料を、古文書・古記録だけでなく聖教・仏像・仏画・仏具・典籍・金石文・伝説・景観などすべてを対象として学際的総合的に調査し、対象資料を未来に伝える保護措置を支援して、その調査方法を深化・発展させ、全国の地域歴史資料の調査研究に汎用できるような「霊場資料学」を確立することを目指したものである。
なお、本研究でいう「霊場」とは、現在の八十八の札所だけではなく、札所からはずれた寺院・神社を含む広義の四国霊場のことである。四国に数多くある寺社の中から、八十八の札所がいつ、どのようにして選ばれたかは全くわかっていない。空海(弘法大師)以前の古刹もあり、また、明治維新の神仏分離以前は、札所に神社も含まれていた。故に、これまで不明であった四国遍路の成立・発展・挫折などの歴史に迫るためには、現在の札所だけでなく、関係する寺社を含む「霊場」を研究対象とせねばならないのである。これは、聖地とは何か、「霊場」とは何かという根源的な問いに迫ることでもある。
研究方法
「霊場」が所有するすべての諸資料を、歴史学、国文学、考古学、民俗学、地理学、社会学、美術史など多くの学問分野の研究者によって学際的総合的に調査した。そして、その全容を明らかにするとともに、札所とそれら関係寺社の比較研究を行い、「霊場」の歴史的特質を解明した。本研究では、単に総合資料調査を行うだけではなく、札所とそれら関係寺社との比較研究によって「霊場」の歴史的特質の解明までを視野に入れた新しい調査研究方法、すなわち「霊場資料学」を実践し、確立しようと試みた。
毎年重点課題を設けて行ったシンポジウムのテーマは、「四国遍路の歴史的景観」「四国遍路と比較巡礼論」「古代・中世の四国遍路」「近代の四国遍路」「人の移動と地域社会」「四国遍路と文化伝播」「四国遍路の普遍的価値を考える」「写し霊場と地域社会」である。
研究成果
全国学会「日本山岳修験学会徳島大会」を共催し、四国遍路・世界の巡礼研究センターで行う毎年のシンポジウム・研究会をハイブリッド形式で開催して、全国からの参加をみた。その成果は毎年の紀要『四国遍路と世界の巡礼』に掲載するとともに、愛媛大学ミュージアムで展示した。センターのホームページでも公開している。ホームページでは、自由に情報を投稿できる「みんなの写し霊場マップ」をアップしている。
四国霊場では、15番札所国分寺(徳島県)、51番札所石手寺(愛媛県)、75番札所善通寺(香川県)、周辺霊場では、浄明院(愛媛県)、地蔵寺(徳島県)の学際的な総合調査を地元の博物館と共同で実施し、地蔵寺の報告書を刊行した。研究代表・分担・協力者は個別に論文を発表したほか、共同で、ちくま新書1冊『四国遍路の世界』、創風社新書2冊『四国遍路と世界の巡礼 上・下』を刊行し、愛媛新聞出版文化賞を2回受賞した。また、四国4県庁と共同で刊行した『四国遍路関係史料集 古代・中世編』は四国遍路研究における必読史料集となった。
多分野の研究者を結集し、四国霊場と霊場にならなかった古刹を総合的かつ悉皆的に調査することで、古代・中世が中心の古文書学や、多彩で大量の近世・近代史料を扱う史料学を超えた、所蔵者にとっての「宝物」である彫刻・絵画・聖教・生活資料から、地域との関係までをも含む、学際的な霊場資料学構築の端緒を開いた。
未調査霊場の調査は、新たな文化財発見につながった。四国霊場が成熟することで誕生した各地の写し霊場の研究を進める素地を作り、霊場概念の再検討も促進している。文化財の発見と霊場研究の深化は、四国4県が進める四国遍路の世界遺産化にとって必要な、登録地の確定と普遍的価値の究明につながり、大きな社会的意義を持つものである。
※胡教員のその他の研究業績についてはresearchmapをご参照ください。
https://researchmap.jp/7000014856