教員からのメッセージ
私は19世末からのオーストリアにおけるナショナリズムの問題を研究しています。現在のオーストリア人にとって「自明である」オーストリア人という意識は,第二次世界大戦後に「形成された」ものだといわれています。私は,このオーストリア人意識がどのようにして形成されたのか,その過程を考察しています。舞台となる中央ヨーロッパは典型的な多民族地域で,民族同士の対立が生じ,そのため二度の大戦の舞台ともなりましたが,それだけに,現在でも傾聴に値するような諸民族共生の理論が提示された地域でもあります。さながら「実験場」のような地域の民族問題を,歴史を遡及して考え,これを現代や他の地域の問題と比較検討できるのです。このことは,日本人意識のように「当たり前」のように感じているものを相対化し,「なぜそのような意識を持っているのか」と問いなおす手掛かりにもなるでしょう。
現在は,従来の研究をさらに進め,第二次世界大戦後の国民意識形成へ向けた動きを追求する一方で,現代に関する問題関心から「人の移動」を研究しています。具体的には,19世紀末から現在に至る移民・外国人労働者の問題,そして第一次世界大戦における捕虜政策と大戦後の帰還問題を検討しています。これらを通じて「国民国家の時代」と呼ばれる20世紀を再考できればと考えています。
私の専門分野は,政治学の一分野である歴史政治学(政治史)です。歴史を取り扱う分野ではありますが,現代的な関心を持つ人にもおすすめです。「歴史は一度きり」だとすれば過去のことをあれこれ調べても意味はないのかもしれません。しかし人間社会の仕組みを知ろうとするとき,なかなか「実験」ができないことを思えば,過去の事象を通して現在の事柄を考察する必要性も生まれてこようかと思います。政治学のなかに歴史を取り扱う科目がある理由もここにあり,だからこそ,現代の問題に関心がある人にもぜひ学んでほしいと思っています。