グローバル・スタディーズ履修コース

秋谷 裕幸教授

あきたに ひろゆき / AKITANI Hiroyuki

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専門分野:中国言語文化論

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教員からのメッセージ
 日本と中国との関係はなかなか一筋縄ではいきませんが,両国が今後ともつきあい続けていかなければならないことは確実でしょう。その中国の社会,言語,文化等を大学時代に学ぶことは皆さんの人生にとって有意義なことだと思いますし,知的興味の尽きないことでもあります。また大学時代に中国語をマスターしてみたらどうでしょうか。古くから漢字を媒介した語彙の交流があるため,中国語は比較的日本人に取っつきやすい外国語です。そして学習の過程ではぜひ中国での語学研修,語学留学を考えてみてください。中国語の学習ばかりではなく,「異文化」とはどのようなものなのかがきっと身にしみて分かるはずです。事細かには記しませんけど,愉快なことばかりじゃないです。私自身,大学生の時,北京での短期語学留学に参加したことが中国語教員になった最大の原因です。同級生に誘われてその短期留学に参加していなかったら,私が愛媛大学で中国語を教えることもなかったと思います。人生ががらりと変わってしまうような,しびれる体験を皆さんも是非どうぞ。中国語をマスターして,「日本人としての自分」「中国人としての自分」,二倍の人生を楽しんでください。

楢林 建司教授

ならばやし たけし / NARABAYASHI Takeshi

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専門分野:国際法

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教員からのメッセージ
 新たに生まれ変わった法文学部は,グローカル・マインドを備えた「グローバル人材」の育成を教育の理念として掲げています。そうした理念に対して,私はインターナショナル(国際的ないしは「国家間的」)な視点から貢献してゆきたいと思っています。
 例えば,日本は,世界に展開しているPKOに対し,さまざまな人的貢献,財政的貢献,知的貢献を行っています。なぜなのでしょうか。道義的な思いからでしょうか。権益や発言権を確保するためでしょうか。もちろんそうした動機や思惑はあるでしょう。しかし,内戦などで政府機能が崩壊した国に,日本がPKOなどを通して関わるのは,今なお世界平和の基盤をなしている主権国家秩序の崩壊を防ぐためだと,私は考えています。そして,このことは,日本の平和と繁栄のためにも不可欠だと考えます。
 たしかに,主権国家秩序の実相は,歴史の歩みとともに変わります。遠い将来には,世界連邦が出現するかも知れません。主権国家体制をいちはやく打ち立てたヨーロッパは,現在,さまざまな紆余曲折を経ながらも,1つになろうとしています。ただしこれは,あくまで主権国家秩序が段階を踏んで変化したものであって,その崩壊ではありません。世界には,シリア,イラク,アフガニスタン,ソマリア,南スーダンなどをはじめ,まだまだ安定した国をつくりえていない「国」が少なくありません。こうした「国」を安定させるため,我々は何をなすべきなのか,何をなしうるのか,何をしたらいけないのか,考えましょう。
 また,私は法文学部の一教員として,学生のみなさんに,時間や空間を越えて他者を理解する「共感力」と,具体的な課題を発見ないしは設定し,それに他者と協力して取り組む「実行力」を身につけてもらうため,微力を尽くしたいと思っています。大学という場をベースに,前向きの人間関係を広くつくってゆきましょう。

梶原 克彦教授

かじわら かつひこ / KAJIWARA Katsuhiko

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専門分野:歴史政治学

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教員からのメッセージ
 私は19世末からのオーストリアにおけるナショナリズムの問題を研究しています。現在のオーストリア人にとって「自明である」オーストリア人という意識は,第二次世界大戦後に「形成された」ものだといわれています。私は,このオーストリア人意識がどのようにして形成されたのか,その過程を考察しています。
 舞台となる中央ヨーロッパは典型的な多民族地域で,民族同士の対立が生じ,そのため二度の大戦の舞台ともなりましたが,それだけに,現在でも傾聴に値するような諸民族共生の理論が提示された地域でもあります。さながら「実験場」のような地域の民族問題を,歴史を遡及して考え,これを現代や他の地域の問題と比較検討できるのです。このことは,日本人意識のように「当たり前」のように感じているものを相対化し,「なぜそのような意識を持っているのか」と問いなおす手掛かりにもなるでしょう。
 現在は,従来の研究をさらに進め,第二次世界大戦後の国民意識形成へ向けた動きを追求する一方で,現代に関する問題関心から「人の移動」を研究しています。具体的には,19世紀末から現在に至る移民・外国人労働者の問題,そして第一次世界大戦における捕虜政策と大戦後の帰還問題を検討しています。これらを通じて「国民国家の時代」と呼ばれる20世紀を再考できればと考えています。
 私の専門分野は,政治学の一分野である歴史政治学(政治史)です。歴史を取り扱う分野ではありますが,現代的な関心を持つ人にもおすすめです。「歴史は一度きり」だとすれば過去のことをあれこれ調べても意味はないのかもしれません。しかし人間社会の仕組みを知ろうとするとき,なかなか「実験」ができないことを思えば,過去の事象を通して現在の事柄を考察する必要性も生まれてこようかと思います。政治学のなかに歴史を取り扱う科目がある理由もここにあり,だからこそ,現代の問題に関心がある人にもぜひ学んでほしいと思っています。

福井 秀樹教授

ふくい ひでき / FUKUI Hideki

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専門分野:政治システム論

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教員からのメッセージ
公共政策論と政治システム論を担当しています。専門は政策分析で、航空に関わる政策の分析を中心に行っています。その関連で、2015年4月から2017年3月まで、国土交通省航空局に政策調査室長として出向し、実務の世界に身を置いてきました。航空局では、政・官・民の一筋縄ではいかない複雑な関係や、理論・学術的分析と現実との難しい関係を文字通り肌で学ばせて頂きました。こうした経験を今後、研究・教育に活かし、社会に還元できたらと思っています。 政治および公共政策は、価値や資源の権威的配分に関わる活動です。公共政策論と政治システム論を学ぶこと、そして政策分析を行うことは、このような活動の裏側を探検することに他なりません。一見するともっともらしく思われる様々な政治的決定や政策の「裏側」で、 どのような利害やインセンティブが働いて、どのような結果がもたらされてきたのか。あなたも一緒に「探検」してみませんか。

菅原 健志准教授

すがわら たけし / SUGAWARA Takeshi

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専門分野:国際関係論

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教員からのメッセージ
 私の専門はイギリス外交史で、特に日英同盟に対するイギリスの外交政策をイギリス帝国の防衛という観点から研究しています。日英同盟は日本とイギリスの二国間の同盟ですが、当時のイギリスが世界大に広がる帝国であったため、東アジアだけでなくヨーロッパ、アメリカ、インド、中東といった様々な国や地域の利害と密接に結びついていました。このような日英同盟のグローバルな側面を、主にイギリスの史料に基づいて解明することを研究テーマとしています。また私が授業で担当する国際関係論は、様々なアプローチから外交や国際政治について学ぶ科目であり、歴史だけでなく理論や時事問題の分析なども取り扱います。
 ところで、歴史を学ぶことについて皆さんはどのようなイメージを持っているでしょうか。中学や高校で受けた過去の授業を振り返って、「暗記ばかりでつまらない」と思うかもしれません。将来の就活や資格試験を考えて、「歴史を勉強しても役に立たない」と思うかもしれません。
私からお伝えしたいことは、まず大学で歴史を学ぶ際には、語呂合わせなどで無理やり暗記する必要はありません。むしろ重要なことは「何が問題となったのか」、そして「なぜそのような問題が生じたのか」を考えることです。おそらくそのように考えることは、歴史に限らず他の多くの分野でも必要とされるであろうと思います。
次に歴史が役立つかという点について、確かに就活や資格試験では役に立たないかもしれません。しかしこれからの人生で問題に直面してどうすべきか迷った時、歴史を学んだことが役に立つかもしれません。皆さんが今後直面する問題はそれぞれに固有の問題で、一つとして同じではありません。しかし歴史を学ぶと、異なる時代や場所で生きた人々が似たような問題で悩んでいたことに気付くと思います。その時、先人たちが何を考え、どのように行動したかは、皆さんが直面する問題への答えにはならなくてもヒントにはなると思います。
グローバル化などによって現代は非常に変化の激しい時代となりました。その結果、過去は時代遅れとして切り捨てられ、未来は予測不可能として敬遠されて、現在に没入しがちになっています。もちろん目の前の物事に精一杯取り組むことはとても重要です。ただ歴史を題材にして、過去を振り返り、未来について考えることができれば、それだけで歴史を学ぶことには意義があるかもしれないと考えています。

三上 了教授

みかみ さとる / MIKAMI Satoru

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専門分野:国際協力論

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教員からのメッセージ
 人生は確率変数です。数ある潜在的な可能性の中で,どれが現実として出現するか,それは多かれ少なかれ偶然に支配されます。例えば,いつどこで生まれるか,学ぶか,働くか,死ぬか,すべては確率変数です。もちろん構造的制約や経路依存性により確率分布の形状は異なるでしょう。しかし,一瞬一瞬に偶発的要素が介在していることは確かだと思います。私は人生の一瞬一瞬を支配していた確率分布に思いをはせつつ,たまたま生起した現実を受け入れ,大切にすることをモットーにしています。
 さて,私は現在,主として開発援助政策の国際比較を行っています。これ自体も確率変数ですが,どのような政策がいつ行われるのか,ということも確率変数です。そしてその政策によって,誰がどのような影響を受けるのか,ということもまた確率変数です。しかし制度や政策は一斉に多くの人に影響を与えることが多く,上記のように影響の受け方は決して一様ではないとしても,ある種の傾向をもつことも事実です。私は制度や政策が説明責任を果たすためには,その平均的な効果を統計学等の科学的手法で明らかにしなければならないと思っています。
 と同時に,全体の中に含まれた一つの事例に注目することの重要性も認識しています。回帰モデルの想定によくあてはまるとしても,あてはまらないにしても,当事者にとっては実現値がすべてだからです。蓋然性は,個々の結果に責任を持ちません。私はその一つ一つの真実も知りたいと思っています。
 確率分布を俯瞰しつつ,個々の事例が,あるいは自分自身が,確率分布のどこに位置づけられるのか把握することは,ときに哀しく,もどかしく,そして興味深くもあります。学生の皆さんには,研究テーマに関わらず,しっかりとした方法論を身につけてもらいたいと考えています。

石坂 晋哉教授

いしざか しんや / ISHIZAKA Shinya

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専門分野:地域研究

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教員からのメッセージ
 アジア地域研究の魅力は,第1に,アジアの面白さ,奥深さ,多様さに触れることができる点にあります。みなさんはアジアと聞いて,どんなことをイメージしますか? アジアには,日本もその一部である東アジアの他に,東南アジア,中央アジア,南アジア,西アジア(中東)といった地域があります。各地域は,それぞれ固有の生態地理的条件のもとで,さまざまな歴史的経緯を経て,固有の特徴を備えています。日本とは異なる地域の社会や文化,政治や経済について学ぶことで,日本の“常識”を離れて,幅広い視野から物事を見たり考えたりすることができるようになるでしょう。
 例えば,アジア地域研究のゼミでは,インド独立運動の闘士M.K.ガーンディーの主著『真の独立への道』を読み,その非暴力主義や近代文明批判の今日的意味について,じっくりと考えます。ガーンディーの思想と行動は,19世紀末から20世紀初めにかけてのインドやヨーロッパなどの思想的・文化的状況や,当時の政治・経済の動きのなかで培われた独特のものです。しかしそこには,私たちが今,自分自身や世界について,これまでとは違った角度から捉え直したり,それらの理解を深めたりするために役立つ,さまざまな鍵が含まれています。
 ところで,現在,世界に生きている人の半分以上はアジアに住んでいる,という事実をご存知ですか? グローバル化の時代を生きていくみなさんにとって,今後,日本以外のアジアの人たちと接する機会も増えていくことになるでしょう。そうした時,アジアの社会や文化について大学で本格的に学んだ経験は,大いに生かされるに違いありません。これが,アジア地域研究の第2の魅力です。
 地域研究で重視されるのは,現地フィールドワークです。本や論文を読んだり,インターネットやTVを視聴したりして得る知識だけでなく,実際に現地に足を運び,現地の空気を身体全体で味わい,そこの人たちと直接話をして初めて得ることができる知識というものがあります。法文学部の「海外フィールド実践」はそれを体験する科目です。海外での“出会いと対話”は,きっと,みなさんの今後の人生にとって大きな意味をもつことになるでしょう。

近藤 有希子講師

こんどう ゆきこ / KONDO Yukiko

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専門分野:地域研究

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教員からのメッセージ
 アフリカ大陸では1990年代に深刻な紛争が多数発生しましたが、私はそのなかでも、とくにルワンダという小さな国の一農村に毎年通いながら、紛争後の社会のなかで対立関係におかれた人びとがいかにともに生きるのかということについて、一貫して考えてきました。
 私が専門とする人類学という分野は、「他者」や「異文化」への理解を通して、人間の多様性や普遍性を追究し、さらには私たちが普段当然だと思っている「当たり前」を相対化してゆく学問だといえます。その際、「他者」の生活の場に直接出向いて、長期間にわたって参与することで調査を進めていきます。一緒に農作業をして汗を流し、収穫を悦びながらともに食し、家族の誕生と成長を祝福し、ときに親しいものの死を悼む、という循環のなかに私自身も巻き込まれていくなかで、その地で生きていくための知恵や術を教えてもらうのです。そしてこの過程において、「他者」は見ず知らずのものではなく、次第に私の知人や友人になって、ほかでもない家族のような存在になっていきました。
 フィールドでは、自分自身ではどうにもならないことにも幾度となく遭遇します。それは大げさにいえば、自分の人生が台無しにされることであり、私という存在があくまで操作不可能なだれかに拠って成り立つものだということを、痛切に認識させられる出来事です。そしてそうした強烈な体験こそが、たとえばアフリカという遠い地に限らず、すぐ傍らにいる隣人の生きざまに向かい直す契機となり、「私たち」がともに生きていく仕方を考えることにつながっていくのだと、私は信じています。
 大学という場は、知識を身に着けて正答を得る、という高校までの学びのあり方とは決定的に異なるものです。そこでなにより大事なことは、問いそれ自体に至ることにあると思います。それは容易なことではありません。ぜひ各々の「フィールド」に出会って巻き込まれていくなかで、そこから発される問いに応じて、自分なりの切実な問いを見つけてください。そうした姿勢においては、ひとたびその問いに答えられたように感じても、私たちはまた新たな問いに導かれてしまいます。それは一生涯にわたって続く、ひどく困難で、しかし形容しがたい喜びを伴う営みとなるはずです。

藤村 瞳講師

ふじむら ひとみ / FUJIMURA Hitomi

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専門分野:地域研究

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教員からのメッセージ
 皆さんにとって、外国語や異文化を学ぶ意義は何でしょう。グローバルに活躍できるスキルを身に着けるといった実利ももちろんありますが、最大の魅力は常識や既知の考えを絶対視せず、多角的に物事を考えなおす機会に恵まれる点にあると私は思います。私は東南アジア、特にミャンマーという国を専門に研究していますが、ミャンマーの最大都市ヤンゴンに2年間留学したときには、気候も国の成り立ちも違う環境で日本の価値観で物事を捉えることがいかに無意味であるかを痛感しました。現地の人たちの考えや行動原理の方が合理的に思えることも多く、そうした経験の積み重ねは、自分自身の「当たり前」を見つめ直し、一つの事象について様々な視点から考えてみる良い訓練となりました。
 東南アジア地域研究のゼミでは、生態、文化、言語、そして民族的に多様な東南アジアという地域について学びながら、既存の知識や理解のあり方を相対化できる思考力を養うことを目標とします。その際に重要となるのは、「他者から学ぶ」という姿勢です。東南アジアはいわゆる途上国が多い地域ですが、このことは、日本の私たちが「上から目線」でこれらの国々を観察し、現地の人びとに接してよいということを意味しません。地域研究という学問分野では、現地社会あるいは地域住民が直面する問題や現象について、彼らの視点に立脚して内在的に理解しようとする姿勢が求められます。異なる他者の視点に立つためには、対象地域の基礎知識はもちろん、言語の習得や、現地での調査、あるいは東南アジア出身の人びととの交流など、一歩踏み込んで理解を深めることが重要です。歴史的・経済的つながりも深いアジアの隣人として、東南アジアへの関心を高めながら、多文化・多様性のなかで生きるための柔軟な思考力を鍛えていきましょう。
 ミャンマーの諺の一つに、「智慧というのは金の壺、財というのは目くらまし」というものがあります。金で手に入る物品は手品のように瞬く間に消えてしまう一方、智慧とは金の壺(得難い宝の意)のように貴重であり消えてなくなるものではないという意味で、智慧を追求する重要性を説いています。智慧とは単なる情報や知識のことではなく、物事の真理を見定める力のことです。皆さんが、大学生活の4年間、そして東南アジア地域研究での学びをつうじて一つでも多くの智慧を身に着けられるように、ゼミや講義をとおしてサポートしていきます。

今泉 志奈子教授

いまいずみ しなこ / IMAIZUMI Shinako

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専門分野:英語学

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教員からのメッセージ
 私の研究室のキーワードは,英語・ことば・人(ヒト)。
 私たちのことばは―英語でも,日本語でも―生きています。生きているヒトの頭(心)から生み出されることばもまた生きています。言ってみれば,文法はことばを生み出すしくみ。意味は私たちの小さな頭(心)に広がる小宇宙。どちらも目には見えません。私の研究室ではこの「目に見えないもの」が研究対象です。「何だかこれまで勉強してきた「英語」とは違うような…?」とお思いでしょうか。これまで皆さんが触れてきた学校文法や受験英語は,いわば英語の世界を知るための,はじめの第一歩。英語学研究室では,もう一歩踏み込んで,地球上に生きている私たちヒトが,今,この瞬間に使っていることばのありのままのすがたを見つめます。そうしているうちに,やがて,英語のすがたを見つめることは,私たちにとって一番身近な,そう,身近過ぎて見えなくなっているかもしれない日本語のすがたを見つめることだと気づくでしょう。英語を通して日本語のすがたに向き合おうとするとき,私の授業では,「歌詞の翻訳」を取り上げることがよくあります。音楽の翼にのり,限られた数の単語がまばゆい光を放ち,まっすぐに私たちの心に届く時,ことばのちからを体感して心が揺さぶられるような,そんな授業を目指しています。
 私は学生時代の最後の1年を英国北部のマンチェスターで過ごしました。あの懐かしい日々を思うと,留学を夢見る学生さんたちの力になりたいと願わずにはいられません。留学英語に特化したテキスト編集,留学相談室,そして,英語圏に足を運び,学生さんたちの留学の場を目で見て確かめ,現地のスタッフとの信頼関係を大切に育てていくこと,どれも私が大切にしている仕事のひとつです。生きていることばを追いかけて,ヒトの息づかいを感じ,今,頭上に広がる青空を,地球の違う場所から見上げてみたいと思ったら,いつでも相談にいらしてください。Just as birds have wings, man has language.(George Henry Lewes)―鳥に翼があるように,ヒトにはことばがあるのです。