人文学履修コース

菅谷 成子教授

すがや なりこ / SUGAYA Nariko

,

専門分野:東南アジア史

メッセージを見る

教員からのメッセージ
 私と異文化との自覚的な出会いは,小学校1年の秋,当時の西ドイツから日本に帰国した時でした。タラップを降りるなり熱風が吹き寄せるなか,出迎えや見送り,さらには「飛行場」見学の多数の「日本人」を見た時でした。ああ,なんというところに着いたのだ。なんだか黄色い,貧相な体格をし,なんとなく垢抜けない服を着た異様な人びと・・・。西ドイツにいるころ,私は自分が「日本人」で,周りの人びとと違っていることを子供心にもはっきりと自覚していました。それでも日本および日本人の第一印象は,上に述べたようなものであったのです。
 ずっと後になって,ある人が次のように言っているのを聞きました。「飛行機を降りると熱風が吹き寄せてきた。褐色の肌をした人を見たとき,ああ,第三世界に来たのだと強く実感した」と。その後,東南アジアの歴史を勉強するようになって,フィリピンをフィールドとするようになりました。日本に出稼ぎに来たことのあるフィリピン人は,次のように言いました。「日本の空港は素晴らしい。とてもきれいだ。さすが先進国日本だと思った」と。
 しかし,私には「日本の第一印象」が忘れられません。私たちは,ともすれば「欧米」に親近感を抱き,彼らにもそれを期待しがちのように思われます。しかし,一般の欧米の人びとは,日本あるいは日本人のことをどう思っているのでしょうか。一方,アジアの人びとは,どうなのでしょうか。そんな風にいろいろと思いをめぐらせてみると,普段の風景がなにか違って見えてくるかもしれません。

吉田 正広教授

よしだ まさひろ / YOSHIDA Masahiro

,

専門分野:西洋史

メッセージを見る

教員からのメッセージ
 ロンドンの西部地区で,毎年8月の最終月曜日(バンク・ホリデーの休日)にノッティングヒル・カーニヴァルが開催されます。これはカリブ海出身の黒人たちを中心とするカーニヴァルで,狭い通りを,トラクターに牽かれたスティール・バンド(ドラム缶を再利用した楽器)の山車や,巨大スピーカーを積んだ大型トラックが次々にやって来ます。その後ろには仮装行列の一団が続きます。一見華やかなカーニヴァルですが,ゴミや排泄物の処理,騒音,暴力など,様々な問題が見え隠れします。
 カーニヴァルの歴史を調べていくと,第二次大戦後にカリブ海諸島からイギリスに渡った黒人移民,1958年のノッティングヒル暴動,イギリスのファシズム,人種関係法(人種差別を違法とする法),連邦移民法(移民制限のための法)など,イギリス現代史の研究テーマが浮上してきます。ロンドンの黒人コミュニティー形成の問題や,カリプソとレゲエという音楽の持つ政治的・宗教的意味にも興味が惹かれます。
 このように,ロンドンのカーニヴァルというミクロの事例からイギリス現代史の多様なテーマに接近できます。西洋史を学ぶ,あるいは研究するとは,単に欧米の歴史の流れを理解して覚えるのではなく,みなさん一人一人が研究に値するテーマを見つけて,文献や史料,画像,あるいはインターネットで得た多様な情報を使って,深く研究することです。みなさん一人一人が,幅広い研究課題につながるようなミクロのテーマを見つけて,西洋史研究の面白さを実感して欲しいと願っています。

齊藤 貴弘准教授

さいとう たかひろ / SAITO Takahiro

,

専門分野:西洋史

メッセージを見る

教員からのメッセージ
 こんにちは。古代ギリシアというとどんなイメージを描かれるでしょうか。地中海を舞台に都市国家〔ポリス〕という幾つもの小さな共同体を基盤としてギリシア文明は展開しました。その代表的ポリス,アテナイ(現アテネ)のアクロポリスには今も壮麗なパルテノン神殿が建っています。この神殿は,「民主政」アテナイ黄金期の作品です。しかし,この時代のアテナイは海軍力を背景に同朋ギリシア人を強圧的に支配していました。「自由・平等」の代名詞「民主政」と「支配」は矛盾なく有機的にアテナイの絶頂期を形成していたのです。
 アテナイ直接民主政は,いわば素人政治であり,「奴隷」の存在を筆頭に社会構造も大きく異なります。ですから,現代の「民主政」〔デモクラシー〕とアテナイの「民主政」〔デモクラティア〕は,ある意味,全然違う。しかし,起源として―西洋文明の源流として―深いところで繋がっています。
 もう一つ,古代ギリシアは多神教の世界であり,ここに「宗教」と「政治」の興味深い出発点があります。両者の折り合いのつけ方は,グローバル社会における私たちの課題です。また,「支配」と「奴隷」も今日でも生活圏に差し迫る問題ではないでしょうか。私たちは,今も「古代ギリシア」を乗り越えてはいないのです。
 ところで,瀬戸内海とエーゲ海は多島海〔アーキペラゴ〕であり,アクロポリスのような松山城,身近な港,都市部の規模,なんだか松山はポリスと似ています。宗教面でも日本人と古代ギリシア人には類縁性を感じます。言うまでもなく,四国はそういう面でも恵まれています。「身近で遠い他者」である古代ギリシアをこの地域の独自性に根ざして学び,発信していくことは,とても魅力あることではないでしょうか。皆さんと「古代ギリシア」から学びの喜びと発見を分かち合っていけたらと思います。

塚本 秀樹教授

つかもと ひでき / TSUKAMOTO Hideki

,

専門分野:言語学

メッセージを見る

教員からのメッセージ
 皆さんは,中学・高校時代,英語と国語の授業時間ではどちらの方が好きだったでしょうか。私の場合は,英語大好き,国語大嫌い少年でした。そんな私が現在はどうして日本語を中心とした言語学をやっているのか,と奇妙に思われるかもしれません。
 大学に入った私は,英語以外の外国語を専攻にしてもよいと思い,高校時代の恩師からの勧めもあって,朝鮮語を勉強していました。朝鮮語は構造上,日本語と非常によく似ている言語で,朝鮮語をやっていると,自ずと日本語にも目が行くようになります。また,大学時代に最も感銘を受けた先生から,今までに考えたこともない日本語に対する見方,分析の仕方を教わりました。英語や朝鮮語などと同様に,日本語を言わば外国語として見るのです。すると,これまで全然気がつかなかった現象が次々と見えてくる。頭をバットで殴られたような思いの連続でした。その時から私は日本語大好き青年になりました。
 また,世界中には数多くの言語が存在しています。様態は言語によって多種多様で,異なっています。とは言っても,言語は同じ人間が使っているものですから,奥深い意外なところに共通点があるのも事実です。日本語や朝鮮語を中心にアジアの諸言語においてどういうところが似ており,また違っているのか,ということも私の関心事の一つです。
 言語学では,最小限以上の知識は要りません。変な知識はない方がいいのです。それよりも重要なのは,ことばそのものを自分の目で見,自分の耳で聞き,自分の頭だけを信用して考える,ということです。授業は,そういったことを体得できるものにするように心がけています。
 大学生活が有意義なものになるかは,学問の世界でいかに遊び,楽しむことができるか,にかかっていると思います。皆さんも,この不思議な「ことば」の世界で遊んでみませんか。

清水 史特命教授

しみず ふみと / SHIMIZU Fumito

,

専門分野:日本語学

メッセージを見る

教員からのメッセージ
 「負けず嫌い」って「負けるのが嫌い」という意味ですか?と,外国の人に尋ねられたら,あなたは何て答えますか。ちゃんと答えないと国際問題にまで発展しかねませんよ。
 私たちは,この分かっているようで,実はよく分かっていない日本語を相手にして,いろいろとその正体にさぐりを入れています。この研究分野を人は,国語学とか日本語学とか呼んでいます。相手もなかなかのもので,本当の姿を容易にはあらわそうとしません。そこでいろんな手だてを駆使することになります。時には犯人を追いかける刑事であったり,時には病原体を見つけ出す臨床医だったりするわけです。推理小説さながらに,これが犯人かと看破したときは胸がどっきんどっきんします。
 日本語自体は犯罪を犯しているわけではありませんが,たとえば,人にそれぞれ固有の人相と着衣があるように,日本語もことばとしていろいろな面(手がかり)を持っています。音声・音韻の面,語彙・意味の面,文のしくみ(文法),言語生活の面等々,それぞれ日本語の人相や着衣にあたるものといってよいでしょう。ベテランの刑事になると,ひとつの手がかりだけで事件の真相に迫ることも可能ですが,新米の人は幅広く捜査の目を養っておくのがよいと思います。なんだ簡単だって?そう簡単です。ただ,ひとつだけ断っておきますけど,我々の相手にする日本語は,年齢にすれば1900歳は優に越えていますし,また,日本列島は世界地図の上では小さいですけれど,津軽弁と鹿児島弁とではまったく通じないという現状もあったりするわけですね。一筋縄ではなかなか……。あなたも捜査会議に参加してみますか。

秋山 英治准教授

あきやま えいじ / AKIYAMA Eiji

,

専門分野:日本語学

メッセージを見る

教員からのメッセージ
 みなさんは,次の文章を読んでどのような植物名(花の名)を思い浮かべるでしょうか。

観賞用に改良された園芸品種で,枝にとげがあります。誕生日などの花束によく使われています。花の色は赤・ピンクが多く,黄色もあります。最近では,青色の花も作られて話題になりました。

答えは簡単です。「バラ」です。ここであれっと思った人がいるはずです。それは,カタカナの「バラ」ではなく,ひらがなの「ばら」や漢字の「薔薇」,さらにはローマ字の「BARA」を思い浮かべた人ではないでしょうか。実は,これら4種類の表記は,どの表記を使っても問題はありません(植物学的な名称などの場合は別ですが)。しかし,同じ植物を表すのに,何種類もあって,どれを使っても良いというのは,不思議なことです。
 それでは,次の一文で示されているものは何でしょうか。

転んで足や手など傷を負った際,けがの応急処置として傷口に貼るものです。

カットバン? バンドエイド? サビオ? リバテープ?……。実は,これらすべての語は商品名に由来する語です。しかも,どの語を使用するか,地域によって違いがあります。しかし,なぜある会社の商品名が各地に広がっていったのでしょうか。
 このように,普段当たり前のように使っている日本語には,まだまだよく分かっていない謎がたくさんあります。自分の使っている日本語にあれっと思った人,いっしょに日本語の謎解きに挑戦してみませんか。

西 耕生教授

にし こうせい / NISHI Kosei

,

専門分野:日本文学

メッセージを見る

教員からのメッセージ
 “百聞は一見に如かず”とは古典にかんしても真理である。

 僕は顕微鏡を使ってはならない
 (自分でひとつのプレパラートになって)
 僕は望遠鏡を使ってはならない
 (自分の脚で距離を消し)
 僕は只生まれたての眼だけで見よう
 〔谷川俊太郎『十八歳』東京書籍(集英社文庫所収)〕

 重宝すべき「鏡」がそなわる現在だからこそ,それらを使いこなすことのできる「眼」や「手」や「頭」をもつよう心がけること。例えばカメラの「レンズは,裸眼では見ることのできない物を見えるようにし,私たちに現実を小さく見せる可能性を与えます。(ルイジ・ギッリ『写真講義』みすず書房,93頁)」そのように,文学の言葉は,ふだんさわることのできないものをさわれるようにし,私たちに現実を異なる角度からとらえる可能性を与える地平へと導いてくれるのではないだろうか。文学の魅力のひとつには,この〝ことばを〈介して〉さわる〟ということがあるように思われる。〝自分を忘れる〟――「決まりごとや,前もって細かく決められた見取り図を持たずに出発し,型に嵌らない柔軟な方法で(前掲書18頁)」言葉が築きあげる世界に分け入っていこう。

田中 尚子教授

たなか なおこ / TANAKA Naoko

,

専門分野:日本文学

メッセージを見る

教員からのメッセージ
 ゲームや漫画,映画等を通じて日本でも人気の高い三国志ですが,そもそもいつ頃から人気だったのでしょうか。実は,すでに平安時代には日本に入ってきていることが確認されるものの,江戸時代まではその認知度はかなり低く,今のような状況になるまでにはかなりの歳月を要したようなのです。こういった日本における三国志享受の様相の通史的把握が,私の主たる研究テーマの1つです。これが日本文学なの?と疑問に思う人もいるかもしれませんね。しかし,日本の作品内で少しずつ引用されるなどして,長い時間をかけて三国志言説が徐々に浸透していく背景には,その時々の日本の文化的・社会的事情が存在するのであって,そこを明らかにしていくのは間違いなく日本文学の領域なのです。日本文学の領域の広さ,自由さを皆さんにもわかってもらいたいところです。
 最近,私は室町から江戸時代にかけての学者たちの学問事情についての研究も行っています。その学者たちの中でも特に敬愛する存在として,清原宣賢という人物がいます。家学である明経道を大成したのみならず,文学,神道,漢詩といった家学以外の領域においても講義や注釈書作成を積極的に行うなど,数々の功績を上げた室町期の学者です。彼の関心と知識の幅の広さに感服したのはもちろんですが,『蒙求聴塵』という注釈書で「木牛流馬」なる語について解説する際,諸文献を用いて丁寧に考察しつつも,「コレホド念比ニシタレドモ,コナタニハエ心得ヌニテ也」と結論付けてしまえるその潔さにも,心惹かれたのでした。学問に取り組む上では,無責任な情報を発信することがあってはならず,結果,時にわからないと正直に認めることとて必要になります。しかし,それは最善を尽くしてこそ許されるのであって,その過程を省略して安易に「わからない」としてはいけないのです。これは研究に限られるものではなく,人の生き方全般に当てはまるのではないでしょうか。皆さんにも,宣賢のように,色々な事柄に関心を持ち,そしてそれらに真摯に向き合っていってもらえれば,と思います。

神楽岡 幼子教授

かぐらおか ようこ / KAGURAOKA Yoko

,

専門分野:日本文学

メッセージを見る

教員からのメッセージ
 400年以前に歌舞伎の歴史が始まります。記録映画もビデオも存在しない時代ですから,その時代の舞台を今日,目にすることはもちろん不可能です。けれども,記録映画やビデオがなくとも,実は江戸時代の歌舞伎を知る方法は豊富にあります。江戸時代の上演記録や脚本,ちらし・パンフレットなどの宣伝物,現在の劇評に通じる評判記,ブロマイドに相当する役者絵,あるいは現在,テレビや映画が小説化されるように,歌舞伎を素材にした小説もあるのです。それらの材料をかき集めれば,江戸時代の歌舞伎を体感することは夢ではないのです。そのための方法を身につけ,自分の力で江戸時代の劇場へのチケットを手にしてみませんか。そして江戸歌舞伎の世界を楽しんでみませんか。

中根 隆行教授

なかね たかゆき / NAKANE Takayuki

,

専門分野:日本文学

メッセージを見る

教員からのメッセージ
 「文学」というと,みなさんは何か堅苦しい印象をもつかもしれません。ライトノベルやケータイ小説ではない,単なる「小説」も同じようなイメージではないかと思います。しかし,「文学」や「小説」に否定的なイメージをもっている人は,たいてい文学や小説をあまり読んだことがない人です。では「文学研究」といえばどうでしょうか。それを専門にしている私とは逆に,読書感想文を書いているかのような印象を受ける人が多いのではないでしょうか。たった漢字2字であっても,別の言葉が付け加わることによって,言葉にはさまざまなイメージの偏差が生じるものです。
 近代日本における文学概念も,それをどう捉えるかによってさまざまな考え方が生まれてきました。文学は政治運動の手段だという人もいれば,いや高尚な言語芸術であるという人もいました。あるいは今日のマンガやテレビドラマのようなものと言われたり,ときには知的なライフ・スタイルの教科書となるような存在でもありました。それを主張する人はもとより,時代や場所が少し異なるだけでも,言葉のイメージは変化します。1篇の小説に限っても,それがおもしろければおもしろいほど,そこには幾通りもの解釈が成り立ちます。文学テクストを丹念に読み,そこに刻まれた文化表象の断片に出会うことで,みなさんの文学に関するイメージも多様に変化するはずです。