西尾 善太講師

にしお ぜんた / NISHIO Zenta

,

専門分野:文化人類学
教員からのメッセージ
 学生にとって「文化人類学」は、多くの場合、聞きなれない、なんだかよくわからない言葉として響くと思います。それもそのはずです。高校までの義務教育で触れることがないものですから。いわば、大人の学問です。どう大人なのか。それは「人間」という一つの答えにまとまることはない、けれど、とても大事なテーマについて考えるからです。祭り、儀礼、習慣/風習、民芸品、それらは「文化」と呼ばれます。人類学という学問は、そうした「文化」を窓として自分たちとは違う人間の在り方を知ろうとするものです。こうして「窓」から見えてくる異なる生とその可能性へとアプローチし、そこで知ったことからみずからの文化や生を見つめなおす。私たちの社会は、どんどん生きづらくなり、不安や希望のなさが広がっているように感じられます。こんな状況だからこそ、社会をつくる方法は一つではなく、実はさまざまな形があるのだと知ることが重要です。そして、その多様な方法を手がかりにして、私たち自身の手で「この社会」を変えていく道を探っていく必要があるのではないでしょうか。そんな道を探るには、頭をギリギリとひねりながら思考を鍛え、全身でフィールドに浸りながら感受する力を磨いていくことが欠かせません。そして、そうした試行錯誤こそが文化人類学の実践そのものなのです。
 私も大学三回生のときにフィリピン・マニラに交換留学し、そのままスラムに住みながらはじめてのフィールドワークに飛び込みました。知らない言葉、慣れないコミュニケーション、感情の起伏、そうした自身の内と外が動揺しつつ、鍛えられていく経験でした。貧困という社会問題の歴史的な根深さに打ち倒され、けれど、その「上」からのまなざしではこぼれ落ちてしまう「共に肩を組みながら酒を飲んで歌う」生の輝きもフィールドの現実でした。文化人類学とは、生きる人間の絶望と希望をフィールドのなかで考えていく学問といってもいいと思います。もちろん、文化人類学を学ぶからすべての人がフィールドワークをする必要があるわけではないです。ですが、つねに異なる生へと己を開き、驚き、喜ぶ、そうした態度から考えてみると「いま、ここ」もまたフィールドなんですよ。フィールドから「文化」(=「人間の在り方」)を知りたいと思っている方は、文化人類学の窓を覗いてみてください。